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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

地中で根を伸ばしていってくれていると信じて、日々、教えるー『できる日本語』採用校インタビュー(東北多文化アカデミー)

「日本語教育の参照枠」の考え方を具現化できる教科書、『できる日本語』。全国で使っている学校が増えてきています。ではどのように導入したのか、迷ったりしたことは何か、導入後の様子はどうなのか? このシリーズでは『できる日本語』について知りたいと思っている方に向けて、使っている学校の先生方に学校の様子、どんな思いを持って導入したのかなど、「ホントのところ」を伺っていきます。今回お話を伺ったのは宮城県仙台市にある東北多文化アカデミーの代表理事の押谷先生、校長の虫明先生、専任講師の春原先生、教務主任の國分先生です。

設立当初から『できる日本語』を躊躇なく採用した理由とは?

——まず、学校の基本情報について、設立年や在校生の国籍、日本語学習の目的などをお聞かせください。

当校は2016年に開校しました。学生の日本語学習の主な目的は進学で、多くの学生が卒業後は専門学校、大学・大学院へ進んでいます。国籍の内訳としては、現在はネパールが7割、その他はバングラデシュ、ミャンマー、タイ、ラオス、スリランカ、インド、中国、ガーナなどです。その他、介護福祉士として介護施設への就職が決まっているミャンマーやタイ、ラオスの学生に対する日本語学習も受け持っています。

——開校までの経緯についてお聞かせいただけますか。

はい。私(押谷先生)が日本語教育に関わりはじめたのは1985年で、東北大学で予備教育に携わったり、当時、注目されていた概念・機能シラバス(Notional-Functional Syllabus)について学んだりしていました。その後、米国留学でバイリンガリズムやベトナム難民の教育について学び、フィリピンのインターナショナル・スクールでも教える経験をしました。

その学校は日本語の他、中国語、仏語などのクラスもあったのですが、全クラス、学期ごとに決められたテーマで教えるシラバスでした。例えば「気象」というテーマであれば、文学の時間では天気について学び、数学では気圧について学ぶというように、意味を中心に進めていく方針が取られていました。さまざまな言語の人が同時に学ぶにはそういう方式が適しているという確信を得て、日本に戻ったのです。その後、将来、日本は中長期滞在の方が増え、多文化共生社会になる、それを念頭において2010年に一般財団法人東北多文化アカデミーを設立し、その理念を具現化するものとして2016年に東北多文化アカデミーを開校しました。

——学校設立当初から『できる日本語』を採用してくださったとお聞きしています。なぜ、『できる日本語』を採用されたのか、理由を教えてください。

もともと地域の生活者の方との多文化共生ということを理念に掲げて設立した日本語学校ですので、その理念に合う教科書として、躊躇なく『できる日本語』を使うことを決めました。

——『できる日本語』のどのようなところに共感されたのでしょうか。

なんといっても設定が日本語学校であるという点ですね。あとは社会とつながれるという点でしょうか。「多文化共生」が考えられるようになるのは、日本社会の一員となり、周りの状況が見えてからになると思うので、初級ではそこまではいきませんが、それがわかりはじめる中級へと橋渡しをしてくれる教科書だと感じます。

また、『できる日本語』はCEFRの考えに基づいているので、日本語だけではなく、他の言語ではどのようなテストをしているのか、参考にして取り入れやすいという点もよいと感じます。日本国内だけの多文化共生にとどまらないので、先生方の視野も広げてくれる教科書だと思います。

教科書の使用にあたっては1人1人に丁寧に説明を

——『できる日本語』で教えることになり、先生方の反応などはいかがでしたか。

文法中心の教え方に慣れていらっしゃる先生方には大変戸惑いがあったようです。ただ、地域の生活者の方に教える経験をされていた先生方は、文法より生活に必要な日本語を教えることに慣れていたり、英語教育の概念シラバスの教え方に慣れている先生方もいらしたので、その日本語版ですよと説明すると、理解してくださったようです。

——戸惑いのあった先生方には、どのように説明をされたのでしょうか。

「この学校では文法を教えないのですか」という声に対しては、文法シラバスの教科書に慣れている先生であれば、練習の会話から入り、最後に文法説明に落とし込むので、決して文法を教えないわけではないということと、やることが決まっているから準備が楽になりますということを1人1人に丁寧にご説明して理解してもらうように努めました。

——先生方の反応ということで、校長の虫明先生は、いかがでしょう?

『できる日本語』は、語彙の理解を十分にしてからではなく、まず活動に入るというところに不安や懸念を感じる先生はいらっしゃいます。そこは目をつぶり、今、この活動でやろうとしていることは何かを考えて進んでいった後、振り返って「ああ、よかったんだ」と思い切ってもらえるにはどうしたらいいのか、それを学校全体の意識として共有するにはどうしたらよいのか、今も悩むことはありますね。

研修も行うのですが、多くの人が関わって授業は成り立っているので、皆が納得感を持って進めていくには、まだまだという感覚はあります。教師の意識を変えるということは本当に難しいと感じます。

——新しい先生が入られることもあるでしょうし、先生方も各々ビリーフをお持ちだと思うので、きっと、学校の掲げる理念や、なぜ『できる日本語』で教えているのか、というところは、伝え続けていく必要があるのかもしれませんね。

コロナ禍の頃に、一度、教科書を変えた結果は……

——途中で教科書を変えられたこともあったと、お聞きしたのですが、そのときのことをお聞かせいただけますか。教務主任の國分先生、いかがでしょうか。

コロナ禍の時期に学生の質が変わってきたこと、また何を学んだらよいかわからないという学生に対しては「今日はこういう文法を学んだと明示的に示せたほうがいい」という声が聞かれたことから、文法シラバスの教科書で教えるコースも作り、2つの教科書を並行して教える期間が1年半ほどありました。

一方の教科書が合わなければ別のほうで学ぶという学生もいましたが、試行錯誤してみた結果、文法積み上げ式のほうが目に見えて上達したというわけではなく、学生からも『できる日本語』のほうが楽しいという声が多く、また、学校の理念にも沿うということで、また『できる日本語』に統合しました。苦肉の策で、学生も我々もチャレンジの時期ではありました。

——先ほど、文法が明示的に意識されないという声があったということですが、それを受けて何か工夫されていることはありますか。

あまりはっきり意識するようにはしていないのですが、副教材の『できる日本語 わたしの文法ノート』(凡人社)は授業中にしっかりと取り組むようにはしています。それから、『できる日本語』の「チャレンジ」の活動によって、文法だと意識はされていなくても体と頭にはしっかり入っているので、それを「言ってみよう」の代入練習の中で、文法に落とし込むことができるよう、ヒントを与えたりはしていますね。教科書の作りの通りに進めれば十分、文法にも対応できると考えています。

JLPT対策は机に向かってではなく、ゲーム性を取り入れて

——文法に関していうと、JLPT対策については試行錯誤している、と他の学校から聞くことがあるのですが、御校では何か対策はなさっていますか。國分先生、いかがでしょうか。

情報量としては教科書の内容で十分だと思います。特に聴解は何の心配もないというのは教師間の共通認識としてあります。ただ、普段のパフォーマンスは素晴らしいのに、JLPT合格に結びつかない学生がいるという悩みは正直、あります。

そこで、今年初めて、JLPT対策を実施しました。ただし、机に向かって問題を解くという形ではなく、ゲーム感覚で取り組めるよう、勝ち抜きトーナメント制にしたりという工夫はしました。学生は選択肢を見て、口に出してみたときに、誤答の選択肢だと「あれ? 何かおかしい」という違和感は持つようです。そこは『できる日本語』を使っていて間違いないところだと思います。たぶん学生は知識として身にはついているけれど整理ができていない、それをどうJLPTに合う形で整理していくのかが課題だと感じています。もう一つは、「読解」の練習のチャンスがなかなかないので、そこも今後の課題ですね。

——押谷先生、JLPTに関しては、いかがでしょうか。

JLPTは試験形式に慣れるのが秘訣であると思います。それと同時に今後も、JLPTありきというのは続くのか、とも感じています。JLPTに合格していなくても、当校の卒業生の中には就職して立派に仕事をして社会で通用している人はたくさんいます。そういう人たちが通らない試験というのは果たしてどうなのか、という思いもあります。ただ、合格率は外に出るものなので合格させなければならない面もありますが……。

——JLPTでなければならないのか、ということは、引き続き、声をあげていったほうがいいのかもしれませんね。とはいえ、学生の将来にとっては必要ということもあるので、その間で悩まれている先生方は多いかもしれません。

評価は試行錯誤。会話テストでは「JOPT」を実施

——普段の授業では素晴らしいパフォーマンスを発揮する学生が、筆記試験になると点数が取れないというお話がありましたが、「評価に関しては、どのような形でなさっていますか。國分先生、いかがでしょうか。

筆記試験の素点評価に加えて、パフォーマンス評価も取り入れています。担任の主観評価と、関係する教師陣からの日頃の授業での様子なども加味して、学生の成長を見守りながら多くの目で評価をするという体制はできていると思います。

特に、教科書を『できる日本語』に一本化した後、マスターカリキュラムを整えて、日本語教育の参照枠を参考に、5つの言語活動にわけてA1、A2……という評価をするような形を取り入れました。また、新たに「会話テスト」を導入しようということになり、現在、口頭でのコミュニケーション能力を測る試験である「JOPT」実施しています。春原先生、JOPTについての実施状況と課題についてはどうでしょうか。

はい。最近は、耳のよい学習者が多く、話してどんどん使って覚えるタイプの人には『できる日本語』は合っている教材であると思う半面、先ほど話が出たように、パフォーマンステストでは素晴らしい点数を取れるのに、文法などの筆記試験になると点数が取れないという学生もいて、どこを中心に見て評価をしたらよいか、迷うことがありました。そこで、会話力に関する成長度合いは、会話テスト「JOPT」を学校全体で取り入れて、半年に1回、受験してもらい、会話力の熟達度を測って評価することにしました。他の筆記などに関しては担任などが普段の授業の中で把握して評価を、としているのですが、それでもまだ評価の悩みは多く、今後の課題でもあると感じています。

——「評価に関しては、この方法で満足だと感じて実施されているところはまだ少ないのではないかと思います。多くの学校さんが試行錯誤していて過渡期という感じはします。

教師間でも連携を図りながら、卒業後も見据えた教育を行っていきたい

——『できる日本語』を使って、学校全体で授業を展開していくにあたって、教師間での連携という点で、何か工夫していることはありますか。國分先生、いかがでしょうか。

教師間で連携して進めてくというのは大事にしていて、全クラスの授業予定を一覧表にして共有できるようにしています。その中で、スケジュールが合うクラスは活動を一緒にするといったこともできていて、学生にとって、そうした活動は刺激になっているようですし、先生方の間でも、授業に関しての雑談がしやすい雰囲気があるので、新しい授業アイディアが生まれているようです。

また、クラス替えを半年に1回行うのですが、その際に、できるだけ担当したことのない学生を担当してもらうようにしています。顔を知っている学生が増え、他の先生から、元担当していた学生の様子を聞いて成長を感じるということもあるようです。

——『できる日本語』の中で、最後に「できる!」の活動がありますが、具体的にはどのような活動や取り組みをなさっているのか、また、そのときの学習者のご様子などをお聞かせいただけますか。國分先生、いかがでしょうか。

地方にあるので、イベントや施設は限られているということはあるのですが、だからこそ、先生方から出てくるアイディアはできるだけ採用したいということはあります。また、図書館や博物館に行く活動などでは、一回行ったら終わりではなく、自分の生活の中でも、そうした施設を使えることにつながるよう、心がけています。

その他、現在、行なっていることとしては卒業生や学校関係者にゲストスピーカーに来てもらうことや、近隣の大学と連携し、年に数回、授業にお邪魔して日本人学生と話す機会を設けることも行なっています。

——学生さんのご様子はいかがですか。

連れていく前は、「ちゃんと話せるだろうか。一言も話せないで終わってしまうのではないか」などと心配するのですが、実際に行くと、普段の授業ではシャイな学生も、びっくりするぐらい話すんです。しかも、わからないときには聞き返したり、周りに助けを求めたりするなど、「乗り切る力」もしっかりついているようで、こうしたリアルな場面でこそ、『できる日本語』で学んで身についた力が見えると思います。学生も学んだことが「毎日の生活の中で本当に使えるんだ」と実感するようですし、教師も「自分たちが行なってきた授業は間違いではなかった」と再認識して自信にもなるようで、お互いによい機会になっているように思います。

——私たちも、日本語学校のビジターセッションに参加させていただくことがあるのですが、普段の授業では発話が少ない学生がゲストといきいきと話す様子を見て、先生方が驚かれるということはよくありますね。押谷先生からご覧になって、学生さんの様子はいかがですか。

『できる日本語』は、1回出てきた文型が、また別の場所で出てきたり、同じことを伝えるのでも少し違う表現が出てきたりして、リマインドされるスパイラル方式です。たぶん、学習者の頭の中では、そういった情報が蓄積・整理されていって、ある日、突然、爆発的に成果が現れるようなこともあります。普段の授業では発話があまりなかった学生が、ディベートで素晴らしいパフォーマンスを発揮して驚くことも多いです。

ただ、学生によってタイムラグがあり、極端に言えば、成果が現れるのは卒業後かもしれない。それでも、今は、それが育っている途中で、私たちはそれを信じて、日々、水をやったり肥料をやったりすることを続けているのだと思います。時には水をやりすぎてしまうこともあるかもしれませんが(笑)。先ほど、評価の話が出ましたが、こうした成長途上にあるところを評価することになるので、そもそも難しいことなのだと思います。

——成長途上だからこそ、評価が難しいというのは、確かにありますね。國分先生は、いかがでしょうか。

先日、先ほど、お話した図書館へ行く活動で、学生が、図書館に来ていた高齢者の方とずっと話し込んでいる姿が見られました。帰るときに、その方にご挨拶に伺ったところ、「90年生きてきて、外国の方と初めて話して、とても楽しかった。日本語がお上手ですね」とおっしゃってくださいました。それは、私たちの喜びでもありますし、日本人にも刺激を与えられたのかなとも思うと、私たちの学校の地域の中での存在意義のようなものも感じられました。学生の成長がすぐに見られなくても、地中で根を伸ばして栄養を蓄えていってくれているのだと信じて、日々、教えることが大事なのだろうなと思います。

——教室の中にとどまらず、将来を見据えた力をつけることが『できる日本語』の目指すところもでもあると思います。今日はありがとうございました。