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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

使っているときも楽しい、使い終わってからも楽しみな教科書ですー『できる日本語』採用校インタビュー(万和国際教育学院・大阪)

「日本語教育の参照枠」の考え方を具現化できる教科書、『できる日本語』。全国で使っている学校が増えてきています。ではどのように導入したのか、迷ったりしたことは何か、導入後の様子はどうなのか? このシリーズでは『できる日本語』について知りたいと思っている方に向けて、使っている学校の先生方に学校の様子、どんな思いを持って導入したのかなど、「ホントのところ」を伺っていきます。今回お話を伺ったのは万和国際教育学院教務主任・田中綾美先生です。

ストーリー性があり、キャラクターに感情移入できることに惹かれて

——まず学校の基本情報をお聞かせください。

当校は大阪市本町(ほんまち)というビジネス街にあります。現在、学生は定員280に対して200人ほどが在籍していて、国籍の割合としてはベトナムが最も多く3-4割、その他、スリランカ、中国、ネパールが2割ずつぐらい、あとはミャンマーが数人という感じです。教師は常勤が私を含め7人、非常勤が20人余りという構成です。非常勤の先生は週1か2で、他校と掛け持ちしている人もいます。

——学生さんの国籍や人数がちょうどいいバランスという印象ですね。では、早速ですが、『できる日本語』を導入されることになったきっかけ経緯を教えてください。立ち上げのときから『できる日本語』を採用くださったとお聞きしたのですが……。

はい。当校は2020年設立で、当初から『できる日本語』をメインテキストとして使っています。学校設立前は、私は東京の学校で教務と学務を担う部署で働いていたのですが、退職し大阪に戻ろうかと考えていた時に、設立準備のタイミングで声をかけてもらいました。東京の学校では場面シラバスやCan-doを意識して教えるといったことや、プロフィシエンシーを育てるというようなことをシャワーのように浴びて刺激を受けていました。実際、話せる学生が多く、例えば学校のエレベーターに乗り合わせたときに「あ、何階ですか?」と、自然と口から出てくる様子を目の当たりにして、すごいと思っていたんです。

その後、学校立ち上げの際、ただ話せるだけではなく、ナチュラルな表現で自ら声をかけてコミュニケーションを取ろうとするような姿勢が大事だなと思い、それには、行動中心アプローチの教科書がよいだろうと考えました。

——行動中心アプローチに基づいた教科書は、他にもありますが、なぜ、『できる日本語』を選ばれたのでしょうか。

留学生が経験する場面が多く、ストーリー性があり、それぞれのキャラクターが成長していくのが面白くて感情移入できそうだという点が魅力的に感じました。ある講演会で、動物の中で人間だけがスポーツを見て応援したり、ドラマを見て泣いたりできるなど、感情移入できるらしく、それが脳への刺激にもなるという話を聞いて、やはりストーリー性があって場面に入り込めるものがよいと思ったんです。

例えば、初級の最初ではパクさんとダニエルさんがよく会話をしていて、食事に誘ったり、週末のことを聞いたりしているので、この後の展開として2人が付き合うのでは……とみんなが思っていた頃に、初級8課「家族や友達の人数やどこに住んでいるかなどを話すことができる」で、アンナさんがダニエルさんに「誰と住んでいますか」と聞いたときに「妻と二人で住んでいます」と答え、学生たちが驚いて「えー!」と反応するんです。

——なるほど。

連続ドラマを見ているようで次の話が気になるようです。それは余談として、これは当校の理念でもあるのですが、将来、夢を実現させようと社会に出ていったとき、同じ国の人ばかりではなく日本人も他の国の人もいる中で、自信を持って自ら意見を述べることができたり、わからないことがあってもただ座っているだけでなく、「もう一度、お願いします」と、どんどん話しかけていけるようなマインドを持ってほしいということもあり、そういう力もつくのではないかと思いました。

それ以外にも、会話中心なのでみんなの前で発表する機会が多く、これから上のレベルに進んでプレゼンテーションをするといったときに、もじもじしたりせずに済むよう、初級から慣れることができるというのもよいと思った点です。

——その他に『できる日本語』を候補に挙げてくださった理由はありますか。

はい。私は東日本大震災の翌年の2012年1月に日本語教師として教え始めました。ちょうど『できる日本語』が出版された年だったかと思いますが、出版記念セミナーがあり、聞きにいったとき、「外国人が日本に来て、生活者としてすぐに必要なもの」ということで、食事や買い物についての話がありました。

その時、印象的だったのが、宗教上の関係から「豚肉」という言葉を知っておく必要がある、読めなくても字を見てわかればよいということで「豚肉」「鶏肉」「牛肉」という漢字が『できる日本語』の副教材『漢字たまご 初級』(凡人社)の2課に示されていることでした。

教師になる前だったのですが、易しいものから順番ではなく、本当に必要なものから教えていくということと、それが場面で出てくることに衝撃を受けました。それが頭に残っていて、行動中心アプローチで教えるのなら、『できる日本語』を候補に考えていました。

——使う教科書が決まり、立ち上げ時の講師採用の際は、田中先生が面接などはされたのでしょうか。

いえ、最初は私も声をかけられた一人だったので、経営者や事務局の方が声をかけていって立ち上げのメンバーが決まった感じですね。それで、立ち上げメンバーに、私が『できる日本語』を採用した理由を説明したのですが、特に反対はなかったですね。

——「使ったことがない」「教えるのが難しそう」というネガティブな反応を示す方もいると聞きますが……

『できる日本語』を使ったことのある人はほとんどいなかったのですが、「面白そう」と言われました。立ち上げということもあって勢いがあったのかもしれません(笑)。他の学校ですでに『できる日本語』で教えたことがあるという先生もいましたし、行動中心アプローチというところがむしろいいという声もありました。違和感や抵抗感はなかったですね。

——実際に授業で使い始めるにあたって、教師への研修などはなさいましたか?

開校前に一度、みんなで集まって、こういう授業スタイルでやっていきたい、そのために『できる日本語』を選んだという説明と、その授業スタイルを体験してもらうということで、教師役と学生役に分かれて授業をしました。皆さん、結構楽しんで演じてくださり、方向性を理解して「ついていくわ」という感じでした。

その後、新しい先生を採用する際は、学校説明会で『できる日本語』を使っていることを話して、実際の授業の雰囲気も見ていただくようにしています。そうするとほぼ皆さん、応募してくださいます。

採用後は、未経験の方も多いので、授業のねらいや押さえてほしいポイントも説明するようにしています。中には『できる日本語』を使っているから、この学校で教えたいと言ってくださる方もいますね。

言語を運用することに重きをおいた教科書。「難しい。でも難しいからいい!」

——実際に、『できる日本語』を授業で使いはじめて、学生の反応や様子、先生方からの感想などは、いかがでしたか?

最初の頃、母国で文法積み上げの教科書で勉強してから来日した学生からは「『できる日本語』、難しい」という声がよく聞かれました。ただ、語彙やフレーズがそんなに難しいわけではないので、どうしてかと考えたときに、運用できることを重視しているからではないかと思いました。頭で理解するだけではなく、実際に使って言える、聞ける、伝えられるというところに重きを置いているために難しさを感じたのかなと思いました。

でも、だんだん「アルバイト先で同じフレーズを聞きました」とか「この表現を使って褒められました」という声も聞くようになってきて、中には「難しいから、いい!」という学生もいます。特にアンケートをとったわけではないのですが、学生から寄ってきてこういう「外の活動とつながっている」報告をしてくれることが増えました。

——そうなんですね! 先生方はいかがですか?

「面白い」という先生もいますし「難しい」という先生もいます。また、「話すのはよくできるが、書くのはどうか、試験勉強につながるのか」「授業ではなんとなく理解しているようだけれど、本当に腹落ちしているのだろうか」という声は聞くことがあります。

ただ、それは教科書の問題ではなく、学生自身の学び方や習得の問題で、初級、初中級では伸び悩んでいた学生が中級になって急に伸びる例もあります。第二言語習得理論でも、習得は少し遅れて上っていくので、秘めたるものが我々には見えないだけで、コツコツと積み重ねていってぐっと伸びる瞬間があると思うんです。内容が面白くて、実際に生活で使えるんだということは実感してくれていると思います。

口が慣れてきているので、アルバイト先でも敬語を使おうと思える。するとお客さんや店長が褒めてくれる。「店長が褒めてくれたから、私、学校名を言いました」と言ってくれる学生もいて、「宣伝部長ですね!」と(笑)。これはやはり『できる日本語』で学んで、いい効果が出ているのではないかと思います。

JLPTに合格する力は、教科書を着実に学んでいればついていく

——先ほど、試験の話が出ましたが、試験対策や、読解力の養成という点で、別途、何かなさっていることはありますか?

JLPT対策と名を付けた授業は行っていません。でも、一応、いわゆるJLPT対策の本は読解、聴解を少し入れてはいるのですが、それは中級に入ってからです。初級、初中級ではタイトルにJLPTの字もない教科書だけでやっています。ただ、気持ちばかりなのですが、一応、4択という形式に慣れるという意味で、Googleフォームを使い、文法の4択問題を作り、授業の最後に少し時間があるので、手の空いた学生にやってみていいよという感じで入れたりはしています。初級、初中級はそれだけです。

中級では、ルーティンで毎日、N3の聴解問題の本を取り入れて1題ずつやったり、読解も試験形式に慣れておいてもらおうということで、週1回、読む時間を設けています。ただ、読解については社会的なテーマや一般的な話題を読んで、理解し、できれば要約ができるというほうに重きを置きたいので、4択問題を解くという形ではしていません。

学生は、試験は重要であるという認識を持っていますし、対策はしていますよ、という雰囲気は出していますが、結局、私は、総合的な力が身につけば試験の結果なんていうのは後から追いついてくるものだと思っているところはあります。

——もともと『できる日本語』は、JLPT対策をとりたててしなくても済むように、ということで、著者たちは作っていますからね。

はい。ベトナムから来日して2年目の12月にN2を受験した学生がいて、残念ながらあと数点というところで合格には届かなかったのですが、試験後に様子を聞いたところ、「試験に『できる日本語』の中級に出てきた言葉やテーマがたくさん出てきました。今は中上級に上がったんですが、『できる日本語』の中級で語彙を復習しています」という学生がいました。

こういう話を聞いても、テクニックとか意識せずとも、ちゃんと教科書を使い込んで、問題を解いていても、選択肢の中でなんとなくこの答え以外はしっくりこないと感じるレベルまでいけるのが望ましいという気がします。そのほうが遠回りに見えて、実は近道なのではないかと思っています。

中級で特に実感する、スパイラルの効果

——それはこの教科書がスパイラル展開であるということも関連するでしょうか。

そうですね。初中級で使われていた表現が、中級で出てきたりすると、初中級の時はあんなに苦戦したのに、中級になるとスムーズに使えるようになって驚くといったことはありますね。中級は、生活の身の回りの事柄から、少し難度が上がってくるので、学生にとっては少し辛い時期でもあると思うんです。

でもそこをなんとか耐えてきた学生は、中級が終わった時にもう一段、伸びる気がします。初級、初中級、中級と、3冊終わった後、先生方からも「あれ、こんなに話せる学生さんでしたっけ?」とか「えっ、こんなに書くのが速くなったんですか?」という声も聞こえてきます。『できる日本語』は、やっているときも楽しいんですけど、それをやり抜いてからが、また楽しみというところがあると思います。

——やり終えると、さらにできることが広がっているという感じでしょうか。

はい。それを見られるのが、教えている側として、すごく楽しみですし、嬉しいですね。

「できる!」の活動は、学校の状況にあわせてできることを

——各課の最後に、学んだことを実際に使ってみる「できる!」がありますが、どのような活動をされているのか、あるいは、工夫されていることなどがありましたら教えてください。

「誰かを誘ってみよう」「掲示板を見て参加してみよう」といった外に出ていく活動もあると思うのですが、なかなか難しいところがあって、まだ「1課が終わったらそれを使ってすぐに活動」という流れにはできていません。ただ、当校では活動週間というのを設けていて、1週間、教科書での勉強は完全に止めてグループ活動をするというものがあります。そこで、習ったことを復習しながら覚えた表現を使ってインタビューをしたり、ポスター発表や自分の好きな本を紹介するビブリオバトルをしています。

——活動として書かれていることを少しアレンジしてやってみるという感じでしょうか。

そうですね。当校の周辺はビジネス街で住宅街や商店街というものがなく、なかなか話を聞きに行けるような人もいないので、地域交流には取り組めていないのですが、学校内で教職員や他のクラスの学生にインタビューしてみようとか、発表をしてみようという活動はしています。

例えば、初級4課の形容詞の勉強が終わった後、自分の国や町を紹介してみようということで、各自ポスターを作って教室にずらーっと展示して、見てまわりながら互いに質問するという活動をしています。他の教職員や校長先生も見に来てもらって、できるだけ発話や交流が生まれるようにと意識した活動を行なっています。

他にも、敬語を勉強した後に、まさに敬語を使うべく相手として、校長や事務局長に出てきてもらい、「休みの日は何をなさっていますか」など聞いてポスターにまとめる活動もしました。

——いいですね。著者たちも、「できる!」は、活動の例として挙げているのであって、地域が違えば状況も人も違うので、各々の状況に合わせてアレンジしてくださいと言っています。

地域交流を積極的にされている学校さんの活動を見ると、学生にはすごい刺激になっていると感じます。ゲストスピーカーを実際に教室に呼んで話すという活動もしてみたいですね。そういえば、オンラインですが、先生の息子さんが留学しているので、留学先から繋いで話したことがありました。学生にとっては「日本人で海外に行っている人」というのが刺激的だったようです。やはり、普段教室にいない人がいるだけで、学生の雰囲気が変わっていきいきしますから、これから、いろいろ模索していきたいと考えています。

日々の様子の記録を残すことで評価のブレをなくす取り組み

——「評価に関しては、どのようになさっていますか?

日々の授業での評価については、各先生につけていただいています。もう一つは学生自身に毎回、授業が終わった後、ネット上に各国語で示されたCan-doがあるので、そこに自己評価として星3つ、2つなどとつけてもらい、ファイルして貯めているものがあります。本当は、面談で学生と一緒にそれを見ながら「なぜ、この星の数をつけたのか」といった話し合いができればよいのですが、そこまでは今はやっていない状況です。その他、漢字はテストをしたり、作文は評価ルーブリックを作成し、それで評価をしたりもしています。ペーパーテストもしていますね。

——日々評価をつけていくというのはよいですね。でも、大変ではないですか。

私が日本語教師になった頃は、評価基準があいまいなところがあったように思います。そのため、進学などで外部に成績を出すとなったとき、肌感覚でつけていたというところがありました。

その後、常勤講師になって各先生の評価を見てみると、激辛もあれば激甘もあって、ブレがあるように感じました。一つの解決策としてルーブリックのような評価軸を作るのもあるかと思うのですが、結局、成績を出すとなったとき、担任だけの主観になってしまうのもよくないと思いました。そこで、全員のタスク評価を毎日記録しておけば、その積み上げがあるので、大きくブレることはないだろう、客観的な証拠として出すのにも耐え得るものになるだろうと考えました。

あとは、極端に、その課だけ自己評価が低かった場合、どういう仕組みにしたらよいかを分析したり建設的に考えたりすることができるかなということも考えていました。

——なるほど。

学生の自己評価は、今はまだ、「できた」「まあまあ」といったふわっとした評価になっていますが、学生が学習を振り返って、次は何を頑張ろうかと思えるような仕組みづくりをしていく必要があるとも感じています。

我々も、普段学生を見ていて、もっとこういう力が伸びたら格好いいよねと思う点があったりするので、そこは評価の観点として学生に示して共有し、学生から「今はこの点がまだだから、もっと伸ばしていきたい」と言われた時に、「先生たちもそう思っていました。ではそこを伸ばしていきましょう」というようなことができるとよいかなと思います。そのほうが、点数をつけることを目標に、評価する側、される側となるよりも、心が健全でいられると思いますね。

——本来、評価は自分の学びを客観的に捉えて、さらに自己成長するためのものですしね。

はい。私は実は立ち上げのときに、課別テストや宿題はなくてもいい派だったんです。そもそも課別テストや宿題の効果について自分の中で納得しきれていないところがあり、ずっとモヤモヤしながら考えていました。必要だと感じたら学生自身が自分でやればいいのではないかと考えていましたが、認定を見据えて、あまり奇を衒ったことはしないほうがいいのではないかという意見や自分からできない学生もいるのでは、という教職員の意見があり、やはり必要だろうということになりました。ただ、個人的には今も宿題についてはいろいろ考えるところがあります。

——自律的に学習できていれば、いらなかったりしますしね。

でも、そのためには本人が明確に「こうなりたい」という目標があればいいのか、それとも、楽しく学ぶモチベーションを持続できればいいのか、わからないところがありますね。日本語学習の目的が多様化していることもあって一律に自律学習を求めたところで、それが難しい人もいるかもしれません。だからこそ楽しい仕組みにしておかないと、こちらも滅入ってしまうようにも感じています。

学生が社会とつながり、先生同士もつながれる教科書

——認定に向けての準備はいかがですか?

つい先日、書類を提出したところで、これからヒアリングの準備をするところです。書類作成に関しては、量が多いということはありましたが、内容的なところで、例えば『できる日本語』やそれ以外の教科書についても書きにくかったということはなかったですね。

『できる日本語』について他の学校の先生方と意見交換する機会があったのですが、「日本語教育の参照枠」との相性はもちろんいいので、認定を機会に変えたいと思われる学校さんは多いんだろうなと思います。

認定制度が始まる1年前に、大阪YMCA学院の先生の呼びかけで、いろんな学校の校長や教務主任が集まって「日本語教育の参照枠」を読もうという勉強会に参加しましたが、その中で「漢字」に関して見た時に、『漢字たまご』の内容がまさに参照枠の概念にドンピシャという感じで驚きました。『できる日本語』もそうですけれど、『漢字たまご』の合致はすごいと思います。

——まずは『漢字たまご』だけ使っているという学校さんもあると聞きますね。

やはり『できる日本語』と一緒に使うのがいいと思うのですが、参照枠が出る以前、CEFRが出てJFスタンダードなどが作られる過程で、コンセプトをいち早く落とし込んで作られた教材なんだなと思いますね。

『できる日本語』を使っている学校同士で勉強会も開いていて、参加させていただくことも多く、これは監修の嶋田先生が狙っていたのかどうか、わからないですが、学生が社会とつながるだけではなく、日本語教師同士もつながることができるテキストなんだと思います。それを10年前に狙っていたとしたら、すごいなと。

——それも狙っていたのでは……。学生は学校の中や社会と、先生は先生同士や社会とつながることができるので、広がりがある教科書だなと思いますね。

嶋田先生にお会いしたときに、どういうところがよいと思って採用したのか、と聞かれて、たくさんあるんですが、「相槌がたくさん入っているところ」と答えたんです。やり取りのなかで、相手が言ったことに対して必ず「あ、そうなんですね」「そうなんだ」などが入っています。学生もモデル会話に入っていなくても言ってしまう。そういう相手への配慮が自然と育まれるところがすごいと感じましたとお伝えしたことを覚えています。

授業をしていく中で、その他にもいろいろな要素が組み込まれていて、本を通して著者の先生と対話しているような感覚があります。「どうしてここにこの表現が入っているんだろう?」とか「これを狙って作られたのかな」など考えます。

——一見、なんでもないようなところも、著者にお聞きすると、ちゃんと意図があるお返事をいただくので、すごく考えられているんだと思います。

現場では、そういう意図をしっかりつかんで授業できるかというと、できていないこともあるのですが、それでも卒業までもう少しという時期に学生の発表する様子を見に行くと、すごく学生が楽しそうなんですね。できなかったことがどんどんできるようになっていって楽しかったといって卒業していく。それも『できる日本語』のおかげだと思いますし、明るい雰囲気で授業ができているのかなと思いますね。

——今日は学生の方たちや教師の方たちの、未来が楽しみになる話を聞かせていただき、ありがとうございました。