
「日本語教育の参照枠」の考え方を具現化できる教科書、『できる日本語』。全国で使っている学校が増えてきています。ではどのように導入したのか、迷ったりしたことは何か、導入後の様子はどうなのか? このシリーズでは『できる日本語』について知りたいと思っている方に向けて、使っている学校の先生方に学校の様子、どんな思いを持って導入したのかなど、「ホントのところ」を伺っていきます。今回お話を伺ったのは南大阪国際語学学校の校長、戸川朝子先生です。
実社会で使える、リアルな日本語の習得を実現したい
——戸川先生は、前にいらした学校で、すでに『できる日本語』を使われていたということですが、そもそも最初に使ってみようと思われたきっかけや経緯を教えていただけますでしょうか。
著者の嶋田和子先生のファンだったからです(笑)。『できる日本語』が出版される以前から、嶋田先生のOPI関連のご著書などを拝読していて、考え方の方向性が同じだと感じていました。それまで、文型積み上げ式の教科書を使ってはいたのですが、進める順番は教科書通りでも、教科書自体、ほとんど使っていませんでした。それで、『できる日本語』が出版されたとき、嶋田先生監修の教科書ということで、手に取ったところ、「ああ、今まで自分がやってきたことがここにある!」と思いました。
——その後、実際に学校の授業で『できる日本語』は、どのように導入されていったのでしょうか。
やはり、教科書を変えるというのは、先生方の負担も大きいので、まずは実験的に導入してみようということになりました。ちょうど2クラス同時に開講する時でしたので、1クラスは前の教科書を、もう1クラスは『できる日本語』を、それぞれ使ってやってみました。すると、『できる日本語』を使ったクラスの学生のほうが語彙力が身につき、リスニングのスキルもアップしたことが可視化されて、先生方も、それじゃ、やってみようということになり、全面的に『できる日本語』を導入することになりました。
——浸透するまで、戸惑いや反発などはなかったですか。
最初は、導入の「チャレンジ」でイラストを見せて話をするところで、なかなか学生が話してくれない、どうしたらいいかわからないといった声はありましたが、いつの間にか、徐々にできるようになっていって、そんなにすごい反発などはなかったですね。私は当時、教務主任だったのですが、もともとカリキュラム自体、JLPT合格を目指して、というものではなかったので、自然と方向性が共有できていたということはあるかもしれません。
——そもそも戸川先生ご自身が、『できる日本語』のコンセプトにご賛同くださっていたということでしたが、どうして、そのようにお考えになるようになったのか、お聞かせくださいますか。
もともと個人的に地域共生ということに興味があり、実社会で使える、リアルな日本語の習得ということに力を入れてきた中で、せっかく日本語を一生懸命学んだりJLPTに合格したりしても、実際に社会の中に受け入れてもらえない留学生の姿を多く見てきました。
例えば、どの学校も、留学生のゴミの出し方が違うとか騒ぐ声がうるさいなどのクレームを地域住民の方から受けたりすることがあると思うのですが、それって、地域の人が直接、ゴミの出し方を教えたり、ちょっと静かにしてねと言えば済む話なのに、留学生のことをよく知らないため、直接言うのは怖い、だから学校に言ってくるということだと思うんですね。
知らないが故に恐怖心を持つのは仕方ないのですが、お互いのために、まずは、知ってもらうことが必要である、身の回りの人に理解してもらい、関係性を築いていくことは、きっと彼らの、その先の人生にも大きく影響するだろう、言葉とは、そもそもそういうためにあるのだと思っていました。
そこで、『できる日本語』を見ると、地域の人と関わって何かするということが、とてもしやすい教材で、「こういうときはこういう活動をするとよい」というやり方も示されているので、一から自分で考えなくてもよい教科書であると思ったというのはあります。
——先生がもともと考えていらした「言葉を学ぶ意味」を実現できる教科書だと思われたということでしょうか。
そうですね。今の学校で、学校のイベントと『できる日本語』の活動を関連づけてやろうと、先生方がとても力を注いでくれていて、去年、日本語教育振興協会の研究大会でも事例発表を行いました。
学生にとっては、イベントで体験することは、ロールプレイではなく、リアルなコミュニケーションですから、相手に伝えたいというモチベーションがものすごく高まるんですね。先生方も、そういう力をもっと引き出したいと、頑張ってくれています。

登録日本語教員制度や日本語教育の参照枠が『できる日本語』の理解を後押し
——今の学校でのお話が出ましたが、移られてからは、どのような経緯で『できる日本語』を導入されたのでしょうか。
校長として、今の学校には入ったのですが、今の学校はこれまで、主任が変わるタイミングで教科書も変えていたということでした。それはあまり望ましくないと思い、入ったときに、まず、学校として目指すべき理念を先生方と一緒に考えることから始めました。教科書を変えるというよりも、まず、どういう学生になってほしいのか、そのためにはどういう教育内容を提供していけばよいのか、をみんなで話し合いながら考えていって、じゃあ、そういう教育をするためには、どういう教科書がいいのかとなったときに、結果的に『できる日本語』を使うのが最も効率がいいよねということになりました。
——今の学校で、教科書を変えたことによる、先生方からの反応や声などはいかがでしたか。戸惑いとか、こんなところがやりにくいなどの声などはなかったでしょうか。
経験が浅い先生が多かったせいか、逆にあまり戸惑いはなかったようです。ただ、テキストが目指していることを理解するというのは、そもそも自分が受けてきた教育経験から考えてもあまりないですよね。自分自身の学生の頃の経験から「書いて覚える」といった教育に慣れていることもあって、そこは少し時間がかかった印象はあります。でも、今、登録日本語教員制度や日本語教育の参照枠など、国が打ち出している方針があるので、それが「これからはこういうことをしていかなければならない」と、理解を後押ししたということはありますね。
——理解してもらうために、具体的にはどのような働きかけをされたのでしょうか。
どうしてもご自分が受けてきた教育経験があるので、文型を意識される方は多くいらっしゃいます。大学の実習生でもそうなので、年齢は関係ないのだと思います。ですので、「言葉って、何のために学ぶのか」という問いを繰り返し、徐々に「言葉を学ぶのは、やりとりをして他者との関係性を築くためなんだ」ということを理解してもらうように働きかけました。
ただ、あまり言いすぎたせいか、一時、「やりとりさえできればいい」というようになってしまい、学生も「わー、伝わって楽しかった」となり、その結果、ペーパーテストで得点できなくなる人が見受けられるようになってしまいました。文型は教えてはいけないわけではないので、今は「文型もやりとりも、どちらも大事」となって、いいバランスで進められるようになってきていると思います。
JLPT対策の時間は別途「取らない!」と決めた

——『できる日本語』はJLPT対策をどうしたらいいの? という声もよくあります。文型とやりとりを、いいバランスで、ということですが、現状、JLPT対策についてはどのようにしていますか。
JLPT対策は、学生から、やってほしいというニーズや声もあったので、試験の2、3ヶ月前に集中的に対策授業をしたり、定期的に週1回2コマ設けてやったりしたことはあります。ただ、それでものすごく効果が上がったかというと、目に見えるような結果は出ませんでした。
そこで、今年度は全クラスでJLPT対策の授業をするのをやめました。ただし、試験の形式、時間配分に慣れるために模擬試験は1回、実施しています。試験後は、キャリアデザインの時間の中で自己採点をして、自分の強み、弱みを知り、じゃあ、テストまでにどういう勉強をしたらよいか、どんな勉強方法があるか、などを話し合うという形にしています。
——思い切ったんですね。
はい。結局、教師も「『できる日本語』ではJLPT対策ができないのではないか」という思いがどこかにあり、学生に聞かれたときに「この教科書でやっていれば大丈夫!」と言い切れていなかったと反省したんです。著者の先生方も「この教科書をやっていればJLPTも大丈夫!」と言い切っているじゃないですか。だから、「一度信じてみよう!」と思ったんです。
学生に「この本だけで合格できますか」と聞かれて「うーん……」というのと「大丈夫!」と言い切るのでは違いますよね。そこで、JLPT対策の時間は取らないけれど、やりとりだけではなく、バランスを取って大事に進めましょうということを先生方の間で共有しました
——具体的に、そのことによって授業の進め方に変化はありましたか。
一つは、闇雲に「できる!」などの活動をすればいいのではなく、先生方には、その課で学んだ表現や文型を使える場面を設定できるように活動をデザインしていくという意識を持っていただくようにしました。もちろんもともと、意識を持ってデザインしていましたが、「JLPT対策の時間を取らない」と決めたことで、更に突き詰めて場面をデザインするようになりました。
それとともに、学生の自己評価表にも「今日学んだ表現や文型を使いましたか」という項目を加えました。自己評価に入れることで、そういう場面設定を入れないといけなくなります。また、授業記録にも、その日の授業目標と、表現や文型を使えたか、コメントを書く欄を設けました。特に授業の中で文型説明の時間を増やしたわけではありません。あとは、『できる日本語 わたしの文法ノート』を宿題にして、もう少し大事にやってもらうということを心がけましたね。
——課が進むにつれて、レベルアップした語彙・表現が出てくるので、それをちゃんと使えるような場面設定を用意するということですね。
はい。この教科書はスパイラルになっていますが、必ずしもその課で出てきた表現を使わなくてもCan-doは達成できることもあります。では、前のレベルで出てきた同じテーマのCan-doとは何が違って、だから前に習った表現と、今日その課で習った表現はどこが違い、なぜ学ぶ必要があるのか、ということの意識づけを特にするようにしました。
具体的には、先生方には、新しく習った表現を使うと、もっとこういうことができるようになるんだよ、ということを学生に伝えるように意識してもらいました。そしてそれに合わせた「できる!」などでの場面設定をデザインしてもらうようにしています。要は参照枠の考え方もスパイラルですよね。A1、A2、B1……とレベルは上がってもやっていることは同じで、達成できることが少しずつ高度になっているので。
——JLPT対策を意識して、バランスよく言語知識の習得も大事にしたことで、日本語でのコミュニケーション力、伝える力がスパイラルにレベルアップして身につくような教科書の使い方になっていますね。もともと、この本を作るときに、嶋田先生は「JLPT対策をしなくても、この1冊の中で対策ができる内容の教科書を作ろう」と、著者の先生方とも方針を共有されたと聞きました。それでできた教科書なので、著者の先生方も「大丈夫!」と言い切れるんですよ。
そうなんですね! 学生にも「なぜJLPTに合格したいのか」と尋ねると、大学や専門学校に行きたいからとか就職したいから、などと答え、確かにまだJLPTで判断する学校もありますが、今、そういう学校ばかりではなくなってきていますよね。多くの学校は面接もありますから、最終的には自己アピールがきちんとできないと合格できないことなります。その点『できる日本語』はプレゼン力はものすごく身につきますから、そこを評価してほしいと思います。
——「一度、信じてやってみる!」と覚悟を決めたのはよかったのかもしれませんね。
そうですね。よく、「そうは言ってもいい先生が揃っているからできることでしょう、うちでは無理」などと言われるのですが、それを言っては何も始まりません。信じたことで、じゃあ、どうするか、と、自分ごとになって考えるようになる。それが大事だと思います。
——別途対策して合格することがゴールとなってしまうと、12月の試験が終わった後、学生のモチベーションが大幅に下がってしまうという話も聞きます。
うちは受験シーズンが終わってからが本番ですね。3月の卒業前に、プロジェクトワークの発表会とスピーチ大会を行うのですが、それまで『できる日本語』で身につけたスキルを全部使った、いわば集大成の発表の場となるので、皆、アピールしようと一番頑張っている時期です。前は授業が終わると早く帰っていた学生が、残ってみんなで話し合いしている姿も見かけます。地域の市役所と連携してプロジェクトワークをすることもあるので、関係者が見に来てくださったり、スピーチ大会もふらっと通りがかりの人も見に来たりします。
——それはいいですね!
従来の「学びのスタイル」の呪縛を解放する教科書

——課の最後の「できる!」の活動をデザインする話が何度か出ましたが、学校のイベントと課の目標を関連づけて、リアルな日本語を通じたコミュニケーションを体験する、というところを詳しく教えてもらえますか。
例えば、うちの学校は大阪の藤井寺市にあって、学校のすぐ隣に世界遺産の古墳群があるんです。その関連施設で、埴輪を作る体験ができるので、毎年、そこで体験をさせていただくイベントをしています。それと料理のレシピ紹介の課の活動を関連づけて、「埴輪のレシピ」を作るという活動をしました。卒業を控えた学生が後輩の学生に向けて、埴輪の作り方の説明ポスターをつくるというものです。
他には、施設の方が体験イベントのときに、埴輪の歴史や作り方を英語とやさしい日本語で説明してくださるのですが、それに対してお礼の手紙を書いて、学生が届けに行きました。「お礼の手紙を書く」という課と関連づけた活動だったのですが、それまで、「レシピを紹介する」「お礼の手紙を書く」ということもやっていたけれど、それがリアルに体験したことと関連づけて行うことができたので、やはり学生のモチベーションは違ったようです。
今年はさらにグレードアップして、遠足イベントと「旅行プランを立てる」の課と関連づけて、各クラスごとに企画も学生に立ててもらい、プレゼンをして行き先を決めた後、交通手段や金額などを調べて、クラスごとに実際に出かけるという活動準備も進んでいるようです。とにかく先生方の熱意も違いますね。
——実際に外とつながる活動をしてみて、学生さんのモチベーションが全然違うのを目の当たりにして、火がついちゃった感じでしょうか。
そうですね。『できる日本語』は、文型中心の教科書と違って、導入やそのための例文を考えなくてよいので、教員室での普段の先生方の会話も、どうやって学んだことを使ってみる場をデザインするか、というやりとりが増えたように思います。教員室にも、突然、学生がやってきて先生や事務スタッフにインタビューを始めたりということも起きたりしてます。事務スタッフは元留学生で学生の先輩だったりすることもあるので、その関係性も変わりましたね。
そのほか、大学の実習生の受け入れもしている関係で、大学の先生も見学にいらっしゃるので、その先生方を巻き込んだ活動もしています。見学に来たのに参加してもらうという(笑)他にも、ちょっと学校の外に出かけて活動してきますという姿も見るようになりましたし、クラスの枠組みを超えてインタビューしあったりという様子も見かけますね。
従来の机に座って前を向き、先生の言うことを聞く、といったような「学びのスタイル」の呪縛から解放されたというのは大きな変化ですね。
——お話を聞いていると、先生方も楽しそうですよね。
はい。やはり新しい方法に変えてみたら、リアルに学生の表情や話すことが変わる、それを目の当たりにしたというのが大きいのではないかと思います。
——評価については、どのようになさっているのか、お伺いできますか。
正直なところ、まだ「これでよい」というところまでになっていない状態です。もちろん、進学コースですので、ペーパーテスト、パフォーマンステストを行って、進学先となる学校に合わせた評価は出していますが、実際に大事なのは「学生本人が納得できるかどうか」だと思っていますので、自己評価、ピア評価、ポートフォリオ評価と、いろいろ取り入れてはいますが、なかなかこれでよいというところまではできていないのが実情ですね。
——これから、認定日本語教育機関の申請をするとなったとき、カリキュラムと評価の整合性も求められますよね。
はい。あとは「日本語の参照枠」に沿った5つの言語活動でも評価しないといけないというのがあります。でも、評価って「5つの言語活動だけではないねん!」とも感じていて、そこは表に出さない自己評価などでやって、表に出すものはわかりやすい形で出せばいいのではないか、という割り切りも必要ではないかとも考え始めています。
夏に3回目を開催予定の「できるDEつながる会」

——まだまだ検討するべきこと、悩むことが多い中で、何校かで『できる日本語』の勉強会を開催なさったとか?
今、「認定日本語教育機関」の申請準備でカリキュラムの見直しを進めている学校が多いと思うのですが、『できる日本語』を使っていてどうか、と聞かれることが増えました。ただ、この教科書は「Can-do」に沿ったカリキュラムを作りやすい教科書であることは確かなのですが、教科書を変えればそれでよいということではないと感じることも正直、ありました。そこで、この教科書を使う本当のよさを伝えたい、いろんな学校の先生方と話したいと思い、『できる日本語』についての勉強会を始めました。
——それが勉強会「できるDEつながる会」を開催されるきっかけだったんですね。
はい。他の学校がどのように『できる日本語』を使った授業をしているのか、知りたいという声が聞かれたのですが、関西の日本語学校は横のつながりがあまりないので、『できる日本語』をきっかけにつながるのもいいのではないか、と思い、知っている先生に声をかけて集まったのが始まりです。
——最初は、どのようなことを話し合ったのでしょうか。
1回目は3校の先生が集まり、お互い、どのような授業をしているのか、やり方を共有することを主にしました。同じ教科書を使っていても、それぞれ使い方を工夫されているのがわかり、熱く議論する様子が見られ、1日では話し足りなかったようでした。そこで、2回目は、もう1校加わって4校で、非常勤の先生も参加して互いに抱えている課題や悩みを出し合い、なぜ『できる日本語』を使っているのかを深掘りして話し合うことにしました。
出てきた課題としては、「JLPTで得点しにくい」「ペーパーテストになると厳しい」などなど。あとは、「登場人物のパクさんがリア充すぎる」という声もありましたね(笑)。いろんな課題が出たので、それを嶋田先生にお送りしたところ、解決に役立つ資料などを教えてくださり、アイディアもたくさん頂戴しまして、それを、参加校にシェアしました。そしてその後、どのような取り組みをして、どう改善されたのかをまた報告し合い、その上で、また嶋田先生の教えを乞おうということになりました。この夏、嶋田先生を迎えての3回目を開催予定です。
——課題を挙げて、そのままで終わらせず、次につなげていらっしゃるのが素晴らしいですね。
はい。課題があるというのは、とてもよいことだと思います。なぜなら、自分ごととしてどうしたらいいか、と考えることになり、学ぶことにもつながるからです。今は大阪の学校だけですが、遠方の先生からも一緒にやりたいという声もいただいているので、オンラインでもやりたいと考えています。
——「他者との対話、つながりを大事にする」のは『できる日本語』のコンセプトの一つで、学習者だけでなく、先生方のつながりも広がっているのがいいですね。第3回目の会の様子もまた、ぜひ教えてください!
できる日本語ひろば(できる日本語教材開発・普及プロジェクト)




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