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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

外からの刺激を受ける「ビジターセッション」がよい効果を生んでいますー『できる日本語』採用校インタビュー(ECC日本語学院名古屋校)

「日本語教育の参照枠」の考え方を具現化できるテキスト、『できる日本語』。全国で使っている学校が増えてきています。ではどのように導入したのか、迷ったりしたことは何か、導入後の様子はどうなのか? このシリーズでは『できる日本語』について知りたいと思っている方に向けて、使っている学校の先生方に学校の様子、どんな思いを持って導入したのかなど、「ホントのところ」を伺っていきます。今回お話を伺ったのは愛知県名古屋市にあるECC日本語学院名古屋校校長の速水希樹先生です

「自分の気持ちや考えを日本語で伝えられるようになってほしい」という思いから、『できる日本語』を採用

——まず、『できる日本語』を採用することになったきっかけから教えてください。

『できる日本語』を採用したのは、コロナ禍の前のことでした。私ではなく、前々任の主任が決めたと聞いています。

当時の状況をお話しますと、当校は、漢字圏出身の学生が占める割合が7‐8割と多く、進学コースのメインテキストは最もシェアの高い文型シラバスのものを使用し、日本語能力試験(JLPT)でも、それなりの結果が出ていました。しかし、2年間、学生たちが日本語を学んで卒業を迎えたとき、自分の考えや気持ちを、相手にストレートに口頭できちんと伝える力をつけられているか、と問われると、そうは言い切れないという感想を持つ教師が多かったようです。そこで、そのような力をつけることができるよい本はないか、と探していたところ、当校には、進学コースのほかに、短期の滞在者向けに、5週間ごとに開講している「実用会話コース」があり、そこで使用しているテキストはどうか、という話になりました。

実用会話コースのコンセプトは「まず話そう、とにかく話そう」で、2017‐18年ごろから国際交流基金の『まるごと』をメインで使っています。学校から授業スライドをシェアする体制もできていたこともあり、それを進学コースで使うのはどうか、という検討がなされました。しかし、それまで使っている文型シラバスのテキストとは、進め方にギャップがありすぎるということになりました。そこに折よく日本語学校での使用を前提とした『できる日本語』があることを知り、内容も「どの場面で、何を話せばいいか」ということが考えられているということから、テキストを変えようという動きになりました。

——決定には速水先生も関わられたのですか?

いえ、私は当時、まだ日本語教師歴2年目ぐらいで、決定権はありませんでしたが、『できる日本語』の目指すところはよく理解できました。

ただし、テキストを変えるにあたっては、本社にもその意向を諮った際に、「メインテキストを変えることは、学生にとって本当に利のあることなのか」「現状、使っているテキストは業界内でのシェアも実績もあり、JLPTや進学の結果も出ている。それなのに、先生方への研修の負担も含めて、わざわざ負荷がかかることをする必要性があるのか。変える根拠は何か?」と、かなりその意義について問われたそうです。

それでも、最終的にGOサインが出たのは、当時の担当者による、当校が決して試験合格のために授業を行っている学校ではなく、コミュニケーションのための語学教育を行っている学校である、という熱意ある説明にあったと思います。

——そこから実際にメインテキストを変えていくまでのプロセスは、どのようなものだったのでしょうか。

当初、「テキストを変えるのであれば、早めに変えたい」という意向が主任にはあったようです。2019年の春先の話で、可能なら4月から始まる学期から変えたいという話が出たそうです。そこで、新テキスト導入の担当者として白羽の矢が立ったのは、『できる日本語』の著者である嶋田和子先生からOPIの指導を受けたことのある常勤の先生でした。

しかし、メインテキストを変えるというのはそんなに簡単なことではありません。その先生も「4月からは無理です。1年はかかりますよ」と答えたのですが、そうはいっても1年もかかるのは遅すぎるという主任や学生募集担当の意向もあり、導入に向けて準備を進めていくことになりました。当校は、入学時期が4月、7月、10月と、年3回あるのですが、私は、導入するタイミングとしては、入学する学生数が多い4月、7月は避けたほうがよい、比較的人数の少ない10月から導入してみてはどうかと提案し、そのようになりました。

——導入までの準備として、他の先生方への研修などは、どのようになさったのですか。

いよいよ来学期から『できる日本語』を導入するというタイミングで、嶋田先生に学校にお越しいただき、教師全員が参加する形で勉強会を開催しました。嶋田先生ご本人から、『できる日本語』が生まれた経緯、シリーズがスパイラル構造になっている意味、“かたまり”で話すことが大前提となっている「言ってみよう」の会話練習、学生が「自分のこと」を話す仕掛けなどを、実践例や実際に学習者とのエピソードを交えて、パワフルにお話いただき、当校の先生たちへダイレクトに届けていただきました。この勉強会は、切り替えに際してとても大きな推進力になったと感じています。

勉強会を経て、最初は1クラスから切り替えることにしました。当校は3カ月1学期が基本ですので、3カ月で初級の切り替えを終え、そのクラスが初中級へと上がり、さらに中級へ、と考えていたのですが、初級の切り替えを終えて間もなく、コロナ禍に突入してしまいました。

コロナ禍に突入しオンライン授業に。コミュニケーションに飢えていた時期でもあり、貴重な「日本語を話せる場」に

——コロナが広まりはじめてから間もなく、留学生の入国が制限されるようになって、日本に残っていた学生への対面授業もままならない状況だったかと思います。授業はどのようになさったのでしょうか。

入国できる学生の数が制限されたこともあり、授業はオンラインで行うことになりました。学生にオンライン受講に対する意向と、受講の可否を尋ねたところ、ネット環境の整備状況などもあり、受講が可能なのは中国の学生がほとんどでした。そこで、オンライン授業の受講を希望する学生には、国際便で『できる日本語』を手元に送りました。教師と学生、双方の手元にテキストがある状態にして、授業を実施することになりました。

——オンライン授業での様子はいかがでしたか。

試行していく中で、あまり人数が多いと誰が発言したのかわかりにくく、また学生同士がコロナ禍の状況の中で自由に会話できる機会を求めていた時期でもあったので、人数は8人程度に絞り、ブレークアウトルームの機能も使って、会話のペア練習の時間を、基本的には本人たちに任せる形にしました。コロナで人との接触が制限され、コミュニケーションに飢えていた時期だったこともあって、オンライン授業では脱落者が一人も出ませんでした。オンライン授業が「話せる場」として機能していたのだと思います。

——きっと学生さんにとって、日本語で話せる貴重な場だったのでしょうね。一方で、オンライン授業を行う先生方のご様子はいかがでしたか。

先生方は、オンラインで、しかも、それまで使い慣れていたテキストとは異なる『できる日本語』で授業をするという2つの新しいことに挑戦することになり、大変だったと思います。特に非常勤の先生方は、留学生が入国できない状態なので、ほかの学校に移るということもできません。ここが踏ん張りどころであると、肝を据えてやらざるを得ない状況だったと思います。後で聞くと、新しいテキストで授業をするということよりも、オンライン授業での対応のほうが大変だったようです。

——コロナ禍が明けて、入国が緩和された後は、いかがでしたか。

一気に、いろんな国から来日する学生が増え、一時的に漢字圏出身者が占める割合が低くなりました。しかし、いろんな国の学生がいるおかげで、『できる日本語』初級の「自分の国のことを話す」という課などは盛り上がりました。

実は、オンラインでやっていたときも、他の国で勉強している人やいろんな国にいる人と日本語でコミュニケーションできることを活動として取り入れようと、時差を考慮して、夜の時間帯などにも授業を実施したりしていました。受講生の中に誰か一人でも中国人以外の人がいると盛り上がるんです。

たとえば、メキシコから参加した学生などは、おしなべてコミュニケーションを楽しむ傾向が強く、発話数も多い。その様子を見て、中国人学生が「自分たちのほうが日本語はできると思っていたが、まだまだだ」と、刺激を受けるという場面も見られました。

『できる日本語』を導入してからの、先生方の戸惑いや不安は?

——メインテキストを『できる日本語』に変えたことによって、先生方から戸惑いや不安の声としては、どのようなことが聞かれましたか。

「JLPT対策は大丈夫か?」とか「パターン・プラクティスが足りないのでは?」「本当にこれで話せるようになるのか?」といった、想定される意見や声は一通り、聞かれました。ただ、もともと「もっと話せるようになってほしい」という思いから、『できる日本語』に変えたわけで、その点においては、結構、早い段階から、初級から上がってくる学生を見て、「以前より “かたまりで話せる”ようになっている」と、効果を実感された先生は多かったと思います。

ただし、「読む」に関しては、当校の授業の構成や進め方でまだまだ改善や工夫が必要だと感じています。当校は前述のとおり、漢字圏出身の学生が大半を占めるのですが、JLPTの「読解」の結果を見ると、たとえば昨年のN2では、学生本人の手応えがなかったわけではないという割に、点数が伸び悩んだ学生が複数いました。「読む」という言語活動について、我々の学校ではどういった目標を据えて、そのためにどのような授業やテストを実施していくのか、については、補助教材や学生自身の学習時間の確保を含めて、今現在も試行錯誤を重ねています。

——会話についての効果は現れていても、課題もあるということですね。

はい。中国出身の上級レベルの学生に聞いたところ、「日本で生活する上では、漢字があるので、日本語での読み方はわからなくても意味はわかるので困ることはない、おおまかなことは把握できる」ということでした。ただ、日本語の音と文字が結びついていないため、聴解はどうしても弱いというも課題の一つです。また、初級から語彙があまり増えていない、同音異義語が使いこなせない、ということもあります。

でも、これは、メインテキストの切り替えとはまた別の問題で、学生たちの学習方法や学習時間の使い方と合わせて検討すべき課題なのではないかと考えています。

『できる日本語』を使い始めてから、最も大きな変化はビジターセッションを増やしたこと

——その他に、『できる日本語』を使用してみて、先生方から聞く感想などはありますか。

教師としての経験が浅い先生の中には、学生の反応の想像がつかないことに不安を持つ人はいますね。また、ある程度、経験のある先生は、明示的に文法を扱う、扱わないにかかわらず、定着しにくい文法というものがあるということがわかっているので、たとえ、すぐに定着しなくても、経験から、そういうものだと考えることができます。

特に、『できる日本語』はスパイラル方式なので、同じ文法項目が何度も出てくる構造になっています。経験の浅い先生ですと、学生から質問されると、そこで全部、答えなくてはいけない、あるいは、来週までに調べてきます、などと言ってしまうのですが、経験のある先生ですと、その先、なんなら来週の授業までの間にもう一度、出てくることがわかっているので、焦ることもありません。そのあたりは経験値の違いとしてはあるかもしれません。

——『できる日本語』で教えるようになって、変化したことなどはありますか。

すでに「変化」という段階は終わっていて、もう当たり前のようになっているところはありますが、変化というと、いちばん大きく変わったのは「ビジターセッション」をたくさんやるようになったことですね。

以前、ビジターセッションというと、当校の養成講座の受講生に来てもらうことが多かったのですが、最近は、近隣の大学で日本語教育を学んでいる学生さんなどにも声をかけて来てもらうようになりました。これは『できる日本語』を使いはじめてから始めたことで、以前は外部の人が授業の中に入ってくるということはありませんでしたから、大きな変化といえるかもしれません。

——ビジターセッションで、何か印象に残るエピソードや効果が出ていると感じたことなどはありますか。

来てくれるのが大学生ですと、自分たちと同じ世代だけれど、クラスメートでも先生でもない人であるという点から、準備する段階で気持ちが違うように見受けられます。一方、来てくれる大学生の側も、自分たちと同世代の他の国の留学生と直接、話すことによって、刺激を受けるようです。

自分と同じぐらいの年齢の留学生から質問されることによって「自分はそんなことを考えていなかったと気づいた」という感想を述べる学生さんもいますし、いろんな国の人から話を聞くことによって「ステレオタイプな見方をしていた」と気づくこともあるようです。

このように、お互いにカルチュラル・アウェアネスがあり、良い刺激になっているようです。教室の外である、中であるというようにならないように努めているのですが、そういう場に日本語学校の授業の場がなり得るというところを見るだけでも、ビジターセッションは本当によい機会だなと思います。

——教室の外に出ていく活動もされていますか。

もちろん、校外へ出ていく活動もしています。ただし、コミュニケーション活動というより、調べ学習の一環としてや、体験型の活動がメインです。

以前、先生方から出た、授業時間を使って近隣の商業施設に行ってみたいという活動アイディアを実行したのですが、団体で写真を撮っていたら警備員が来てしまったということがありました。学校の規模も大きくなってきて、校外へ行くとなるとそれなりの人数が動くことになります。学校側として事前に行き先の選定やそれにまつわる配慮や事前相談等を考えると、それほど自由に企画が実行できるともいえず……。

そこで、外に行くよりも、ゲストに教室に来てもらってもいいのではないか、ということになったのです。もともと養成講座の受講者に協力してもらい、インタビュー活動などはしていたのですが、コロナ禍のとき、養成講座を修了した人で、ご家族の仕事の都合でカナダにいる、タイで教えているといった人をオンラインでつないだんです。それが結構、うまくいったこともあり、「やってはいけないことはないんだ」と、枠が取り払われ、養成講座の受講生に限らず、もっと近隣の大学の学生さんにも来てもらってもいいのではないかとなり、教室に来てもらう形でのビジターセッションが増えていきました。

外部への声掛けと、学校にお越しいただいたときの最初の対応は、私がしていますが、その後は、各レベル担当と本務等教員の皆さんにお任せしています。

あとは、必ずしも外部の人でなくてもよいと思うので、レベルの枠を超えた活動もしています。たとえば、上級レベルの学生が防災センターに行き、そのレポートをまとめて、ほかのレベルの学生に説明するといった活動も行なっています。ビジターセッションは半ば強制的に始めたところがありますが、こういうさまざまな活動を先生方が企画し、提案してくれるようになっています。

——先生方も、どのような活動をしようか、企画したり考えたりすることを楽しんでくださっている感じですか。

そうですね。普段の授業では、おとなしく机の前に座っている学生が、発表の準備でスライドや写真、イラストなどを使っていいとなると、素晴らしい作品を持ってきてくれたり、ものすごく上手なイラストを描いてくれたりするんです。

そのような、普段の授業では見えない学生の才能や意外な一面を知るきっかけにもなっていて、発表のときなどは、教員室で「こんな素敵な作品を◯◯さんがつくってくれたんです!」など、紹介してくれることが増えましたね。

『できる日本語』を使う上での、先生方へのアドバイスは「バックワードデザイン」を意識して授業の組み立てを考えること

——『できる日本語』を使って授業の構成や展開を考える上で、速水先生から先生方に何かアドバイスなどはしていらっしゃいますか。

『できる日本語』は、教師は授業準備をするにあたっては、「今日、この課が、どこに向かっているのか」を考える必要があります。行動目標を明示的にいう必要はないのですが、最終的に「やってみよう」や「できる!」の活動をするためには、何が必要なのかを考え、そこから逆算して、別冊は必要なのか、時間配分はどうしたらよいかなどを決めていく「バックワードデザイン」の考え方が必要です。

——多くの先生方が見失うのもその点なんですよね。

はい、そうなんです。折に触れて、『できる日本語』は「バックワードデザイン」の考え方が必要な教科書であって、最終的に「できる!」の活動に持っていくためには、いろんな工夫があってもいいんですよ、毎回同じようにやらなければならないというわけでもありません、場合によって変えてもいい、という話をします。

一方で、誰でも苦労する部分については、文法的なことや知識について、しっかり時間を取って練習をするといいですよ、というようなアドバイスをすることもあります。とはいっても難しいところもあるので、カリキュラムをつくる本務等教員の先生方とは、コース全体を通して、どのようにやっていくか、という話はしていますね。

——「評価」については、どのようになさっているのでしょうか。

評価」の方法については、『できる日本語』を使うようになってカリキュラムのブラッシュアップをしたのですが、それは限定的だったので、認定日本語教育機関の申請に向け、今、まさに取り組んでいるところです。

評価をする」ということを考えていくときに、私は基本的に「学習者を評価するというのは点数をつけることではない」と考えていて、全部こちらでやる必要はないと考えています。

例えば、先ほど話が出ましたが、発表などで、本人たちに任せて、すごい作品ができあがったときに、それに教師は点数をつける必要はありません。自分たちで「すごいのができた」と自己評価すればよいし、チームの中で「私たち、すごい作品をつくったよね」ということでもよいわけです。発表を見た人が「すごい!」と思う、それが、もう評価です。

ただ、先生方の中には、それでは評価にならないのではないか、と考えられる方もいて……。そこで、では「何を成績とするのか」ということを、もう一度、定義し直しませんか、という話を先生方とはしています。

——進学などに必要な成績とどう切り分けるか、ということでしょうか。

そうですね。そこが我々教務の考え所だと思っています。何を、ここまでに身に付けてほしいかを明確にして、そのためにカリキュラムをつくり、授業の中でやっているなら、それがちゃんと身に付いているかどうか評価するというように、評価範囲を決めましょうという話をしています。よく、ピア評価をすると、学生からクラスメートではなく先生に評価してほしいと言われることがあるので、それに対しては、学校は何を評価して、何を成績の対象にするのかを明確に示すようにしています。

「じゃあ、成績に関係がないのなら参加しません」という表明があった場合は、また別の話になりますが、現状は、全部をいっしょくたにして成績をつけることになっているように思います。成績がつくからその活動に参加するということになると、自律的に学ぶという姿勢や習慣がない人は、いつまでたってもそれが育たないままになってしまうのではないかと思います。

もう一つ、評価の関連で言うと、ルーブリックに関しては、当校の教員養成担当の先生とも一緒に外の勉強会に参加していて、同じレベルや活動でも、ここでは何をするための会話だったのか、その目的によってルーブリックの内容は変えていい、何で測るかはもっと柔軟に変えてもいいということが、先生方の間でも浸透してきたところです。

最終的に認定の申請書類を出すときに、レベル内でぶれがないようにする、それがたぶん求められている一貫性や整合性ということだと思っています。 “絵に描いた餅”ではなく、実際に学生と共有し使っていくものにしないといけないので大変ですが、ここまで突き詰めて考えているのだから、認定に落ちてたまるかという思いもあります(笑)。

——今日は貴重なお話をありがとうございました。

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