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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

「人間である日本語教師」の役割とは ③交流の場を創る

先日、アルク主催で「生成AI×日本語教育」というタイトルのオンラインセミナーを開催しましたが、関心が高い方が多く大変盛況でした。AIの活用に注目が集まり、今後、日本語教師の授業準備などになくてはならない存在、あって当たり前、になっていくでしょう。ではそんな時代に日本語教師はどう存在していくのか。「人間の教師」でなくてはならない意味とは。今回はそのようなことを最近のテーマとして追及している石原えつこさんに、これからの日本語教師の役割・教室の役割について執筆いただきました。連載第3回目です。

今回のテーマは「交流」

人間の教師の皆さん、こんにちは。

この連載は、「AI時代、人間の教師にしかできないことはなにか」という問いで、日本語教師であるわたしがあーでもないこーでもないと色々悩みながら、日々の教育実践の現場から呟くという新感覚な? 企画である。

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今日は「交流」について書きたいと思う。

わたしは、シンガポール日本語教師の会の理事である。2019年に、日本に本帰国するタイミングで辞めてきたのだが(そりゃそうだ)、パンデミックになり、すべての理事会がオンライン開催になったときに、会長が「日本にいてもシンガポールにいても関係ない……かも?」とひらめいて、復帰した。現在は日本在住理事という不思議な肩書である(人手不足で仕方がないのである)。

理事会は、シンガポールの日本語教師たちのために、セミナーを企画立案、運営している。2019年、生成AIは絶対取り上げようとことで、村上吉文先生をお招きした。国際交流基金の専門家で、「冒険家メソッド」を提唱されている。SNSでも活発に活動されているからご存じの方もたくさんいらっしゃるだろう。

ワークショップではChatGPTの使い方を教えていただいた。ここが、わたしの生成AIの活用のスタート地点、そして悩みの開始地点になっている。

先生のご著書『AI時代の冒険家メソッド: 大規模言語モデルを活用した自律的な第二言語習得』で一番残っているところは、この部分。

「交流する機能としての語学教師は、これからも必要となってくる」(村上:28)だ。

さすが国際「交流」基金専門家の方である。日本語教師は、「コミュニケーション」「文化」など、何年たってもよくわからないビックワードがゴロゴロころがっている世界に住んでいる。「交流」もその一つである。国際交流基金で働いていたら、「交流ってなんだろうな」と日々考えてしまうに違いない。

村上先生はご著書の中で、語学教師が、意識改革ができるかどうか(村上:30)が重要だと述べられている。

「文型の導入などではなくて、言葉を使ってコミュニケーションができて、しかも学習者のレベルで負担なく交流ができる人間同士の交流ができるような人が、これからの語学教師として求められてくると思います。」(村上:30)

うーん、「交流」かぁ。「交流」をどうしたらわたしのクラスで起こすことができるかな。

大辞林を調べると、こう書いてある。「行き来して付き合うこと。また、その行き来。特に、人と人、人と自然などの間に交わされる心的感応、気持ちのやりとりをいうこともある」

行き来!心的感応!!気持ちのやりとり!!!

そうか、それが「交流」なのか。

つまり「出会って、つながって、エモい」ってことだな?

交流はエモい!

わたしはフリーランスで英語も教えている。日本語はかれこれ1万人ぐらいに教えてきたはずだから、本帰国を機に、日本人の学習者に出会いたいとも考えていた。息子は難病・障害があるので、入院や療育が中心の生活。うちでできる仕事というのが今の私には合っている。わたしのプライベートレッスンでは、普段は一対一でスピーチを作っていくのだが、合同の発表会を導入することにした。「行き来」である。ウクライナ女性支援のパーティーで知り合ったウクライナ女性Oさんもゲストとしてお迎えする。英語が堪能で、パーティーで意気投合した。

わたしがいなければ、出会うはずがなかった人々が出会う。

交わすことば一つ一つが、実際のコミュニケーションになる。

お互いのスピーチに耳を傾ける。そこにはその人だけのストーリーがあり、胸が震える瞬間が生まれる。エ、エモいぞ! スピーチ終了後、お互いのSNSをフォローし合う。出会いが、つながりになる。

おしゃべり会も企画した。オンライン合同発表会で出会ったJさん、Mさん、ウクライナ人女性Oさんが今日のメンバーだ。駅前に立つお互いを見つけて、飛び上がる。お互いにハグ。温かい。人間だ。命だ。

おしゃべり会はテーマを決める。わたしも入れて、女性4名がそろったので、「Sex and the city」ごっこ。4人の女性がそれっぽいカフェで、テーブルを囲んでおしゃべりする。たたき台は、ドラマ中に出てきたフレーズのリスト。一文ずつみんなで読みながら、それについての自分のストーリーを語る。わたしも語る。ちなみにこれはたまちゃん(うちのChatGPTの呼び名)が作ってくれたリストである。

  1. I will not be judged by you or society.
  2. I’m not afraid to be alone.
  3. I love you, but I love me more.
  4. Don’t forget to fall in love with yourself first.
  5. I like who I am.
  6. The most exciting relationship is the one you have with yourself.
  7. I’m fabulous!

家族中心の生活、様々な困難に立ち向かっている女性たちに、Me timeを持ってもらいたくて、こんなリストにしたが、語られるエピソードが……エモいー!!!!!

一つ一つのフレーズが、それぞれの人生と絡んでいく。

3人は「fabulous」という単語を知らなかった。辞書を調べれば、「素敵」みたいなニュアンスなのだが、ドラマ中で、サマンサが放つ「fabulous」は、華やかで、おしゃれで、それでいて、強くてしなやかだ。こんな風にドラマで使われているのよ、と紹介した。

「I’m fabulous!」と言いながら、3人の女性たちが姿勢をしゃんと伸ばして去っていった。

月島のもんじゃストリートが、ニューヨークに見えた。

交流できる場を作り、自分も一緒に交流することが、人間の教師の価値になる。

出会って、つながって、みんなでエモくなれ! である。

教室を交流できる場に

大学で、3年生の留学生にビジネス日本語を教えているが、少し驚いていることがある。学年が一つ違うと、お互いほとんど知らないのである。わたしが日本で日本語教師をしていた平成のころは、留学生って、横のつながりがあって、びっくりするほどお互い助け合っていた。なんとなくわかってきた原因は二つ。コロナ禍とSNSである。コロナ禍でつながりを作る社会的リソースが脆弱になってしまったのと、SNSで手軽なつながりがあるから、満足してしまう。

わたしは、OG・OB訪問のロールプレイをする課で、実際にOG・OBを連れてくることにした。4年生ですでに内定をもらっている先輩に、自分の就活ストーリーを、授業内で話してもらうのだ。

わたしが「就活は早めのスタートが肝心」と「教えて」も、全員には届かない。BBQで、なかなか火がつかない感じ。けれど、一歩先を行く留学生の先輩が、内定をもらっている、という話を聞いていると、一気にぼうぼうと火が燃えだす。焦げそうなほどである。また、留学生たちは、みな大手企業に行きたがる。けれど、4年生の先輩がこう言った。「〇〇(大手企業)にインターンに行ったら、日本人の男性ばかりで、自分には合わないと思った。▲▲(中小企業)にインターンに行ったら、若い女性社員が、お菓子を食べながら仕事をしていた。外国人スタッフもたくさんいた。こっちが自分に合っていると思った」

学生たちの大企業志向ががらりと変わる。

今年はさらに発展して、4年生の2名をSA(Student Assistant)としてコースに投入した。クラスに常に先輩という異なる存在がいる状態が生まれた。簡単な授業補助をお願いする以外に、SAに事前に三つのお願いをする。「身だしなみをいつも整えてくること、ビジネス日本語を使うこと、休み時間などに学生のおしゃべりに付き合うこと」だ。

身だしなみファッションショーは、今年が一番良かったと第2回目で書いたのだが、SAがいつも身だしなみを整えていたのを目にしていたことも、大きかったと思う。

「SAさん、こちらの語彙クイズ、返却をお願いしてもよろしいでしょうか」に対し「承知しました」とさらりとSAがいう。座っている3年生が、「しょうちしました…」とつぶやいている。おお、見てる見てる。しめしめ。

教科書で習ったことばが、目の前で生き生きと踊り始める。

休み時間、3年生たちがSAを質問攻めにしている。就活プラットフォームでわからないことがあったらしい。インターンシップに申し込みたい3年生が、提出書類のことを細かく聞いている。この辺のことは、教師よりも、当事者である4年生のほうが詳しいのである。

中国語と日本語と英語でわーわーとやりとりしているが、わたしは遅延届の整理をしながら、耳をダンボにして聞いている。3年生たちが、「やばい」やら「すごい」やら言っている。ふふふ、心的感応起きてるねぇ。エモいねぇ。「交流」生まれてるじゃーん。

休み時間は休んでいない。教師が介入しない学びが起きる時間なのである。

教師は「教え」なくていい。交流できる環境を整えれば、「学び」は起きる。あっちでもこっちでも。

教室を「交流する場」に変えていく。生成AI時代、これが教室に来る意味になる。

交流は教室を超えて

日本の大学でビジネス日本語を担当することになって、当初わたしは結構悩んだ。この科目では就活できる日本語力を養成することも期待されていたからである。ビジネス日本語に関する論文も少し書いているが、日本の今の就職活動がちんぷんかんぷんである。大体20年近く日本を離れていたのである。しかも、ずっとアカデミアにいる人間だ。プラットフォームがあって、そこに登録して、インターンシップがあって……完全に異文化である。インターンってそんなに早く始まるの? 大学の勉強はどうするのさ? と完全に外国人留学生と同じ目線である。 

そこで私は考えた。「これ、専門家に教えてもらうしかない」と。ということで、大学内のキャリアセンターの留学生担当のキャリアアドバイザーYさんを訪ねた。おしゃべりをする中で、「留学生になかなかリーチできなくて」とYさんがぽろりとこぼす。ひらめいた。

「じゃあ、コラボしませんか。わたしの担当授業の中で、留学生たちを連れていきます!」

こうして、みんなでキャリアセンターを訪問することになった。

キャリアセンター訪問では、まず、自由にフロアを回って全体を眺めてもらう。給与の額も出ている求人票を見て留学生たちがびっくりして穴が開くほど見つめている。ブースの中でオンライン面接をしている日本人学生が、就活スーツを着て話しているのが見える。それを見て、留学生たちがひそひそと何か話している。

情報量の洪水。卒業後が一気に押し寄せる。不安そうな顔、困った顔、驚いた顔。みんなあっけにとられている。ふふふふ、心理的感応起きてるねー。

キャリアアドバイザーの方のお話に移る。

キャリアアドバイザーの方には事前に留学生に話すときのコツをお伝えしてある。今日は敬語はそこまで使わないで、いわゆるやさしい日本語で話してほしいということ。日本語が上手でも、外国語で新しいことを学ぶのは困難なこと。だからこそ、一方的に話さないで、質問を投げかけながら話してほしいこと。ミニクイズをいくつか作ってほしいことなど。

上手に調整してくださっていた。学生たちがことばの渦に溺れていない。キャリアアドバイザーの方のことばを、スポンジのように吸い込んでいく。そして、わたしも。

人間である日本語教師の役割を考え始める前のわたしは、恐らく、自分が知識の源であろうと頑張って情報収集してしまっていたと思う。そして、授業準備に疲弊していただろう。けれど、今のわたしの授業準備は、キャリアセンターとのつながりを作り、キャリアアドバイザーと学生の間のコミュニケーションが最適化するようコーディネートすることだった。

教師が知らないことは、知っている人につながり、聞けばいい。これも交流だ。そして学習者たちと一緒に学べばいい。    

教師は教えなくていい。教師も学べばいい。その学び方の背中を見せればいい。わたしの中で、なにかが変わった気がした。

学期の最後に、いつも「Before After」という活動をする。「この授業を受けるまえと受けたあとで、どう変わりましたか? Before Afterで書きましょう」という問いを投げかける。学生たちが自分の変化、成長を振り返り、A3の紙にまとめて、発表する。

学生の一人がこう発表した。「授業を受ける前、ビジネス日本語や就活のことが全然わからなかったけれど、どうしていいかわからなかった。授業を受けて、わからないことはわかる人に聞きにいけばいいことを学んだ」

胸がいっぱいになってしまった。教室を超え、人に会いに行く。行き来すること、「交流」をわたしは伝えられたんだ、と。

生成AI時代、教師自身が交流すること、交流の場を創ること、そして学習者の交流する力を育むことが、人間の教師の価値として燦然と輝く。

参考文献:

松村明 三省堂編修所 編(2019)『大辞林 第四版』三省堂

村上吉文(2023)『AI時代の冒険家メソッド: 大規模言語モデルを活用した自律的な第二言語習得』Kindle 版

石原えつこ

武蔵野大学グローバル学部 グローバルコミュニケーション学科非常勤講師。静岡日本語教育センター理事。戸田アカデミー講師・主任メンター。シンガポール日本語教師の会理事その他いろいろ。中国杭州の桜花日本語学校で3年、シンガポールのシンガポール国立大学等で15年日本語教育に携わる。息子の難病・障害を機に本帰国し入院・通院・療育中心の生活に突入も、現在は少しずつ自分のキャリアも再開。ビジネス日本語を教えることになり、ビジネスってなんだと悩んだ末、ビジネスを始めてみることに。現在、英語、日本語のプライベートレッスンを商品化している。推しはヘラルボニー。「異彩を放て」ということばの力強さ、新しい未来への予感に祈りを託している。