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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

加藤早苗・日本語教育振興協会理事長にきく ―認定日本語教育機関の質の向上を目指す

2025年4月、一般財団法人日本語教育振興協会(以下、日振協)の理事長が佐藤次郎氏から加藤早苗氏に交代となった。長年にわたり日振協を牽引してきた佐藤氏は理事長から理事となり、新たに初めて民間から、インターカルト日本語学校校長の加藤早苗氏が理事長に就任した。ここでは、日振協の歴史を振り返りながら、加藤氏の目指す今後の日振協の在り方についてお話を伺った。記事の最後に日振協の年表をまとめておいたので、適宜参照されたい。

民間から4代目の理事長誕生

――新理事長ご就任、おめでとうございます。

ありがとうございます。

――日振協は、1988年の上海事件※をきっかけに設立され、以来、日本語学校を統括・支援する立場でした。

上海事件が日本だけではなく、日本と中国間の国際問題となり、またこの原因の一つとして当時日本語学校を管轄する機関がなく、悪質な仲介業者や日本語学校もあったことから、日本語学校を管轄するために設立されたのが日振協でした。以前は新しく日本語学校を設立するには日振協の認可が必要でした。

――その日振協の役割が、2010年の民主党政権の事業仕分けで大きく変わりました。

日振協はもともと国が作ったわけですが、事業仕分け以降は、日本語学校の認定は日振協ではなく法務省が行うことになりました。

――今回、加藤さんは4代目の理事長として初めて民間からの理事長就任となりました。日本語教育関係者の中には、これまでの日本語学校や日振協の歴史を考えると、非常に感慨深いものがあるのではないでしょうか。

正直、私も現職の日本語学校の校長という立場ですので、やや驚きました。ただ、2010年の事業仕分け以降、日振協は事実上、民間の一機関として存在しています。ですので、民間から理事長が出るのは、実は自然な流れではあるのです。もちろん、理事長というのは大役ですが、今は日本語教育機関認定法など、いろいろなことがめまぐるしく動いている大切な時期ですので、潔くお受けする覚悟を決めました。

――思い切りの良さが、加藤さんらしいですね(笑)。

今回、民間からの理事長就任に「驚いた」という声もたくさんいただいたのですが、同時に日本語学校からは「これから、一緒にやっていけるね」という温かい言葉もたくさんいただきました。

教育現場を知る理事長として

――日振協が新体制になって、これからどんなことに力を入れていきたいですか。

体制の柱を「研修」と「評価」の二本柱にしました。私のいちばんの強みは「学校現場を知っていること」だと思っています。日本語学校が本当に必要なこと、本当に求めているものについて、理事・評議員・会員校の、あるいは会員以外も含めた仲間と一緒に考え、前に進めていきたいと思っています。

――それは、日本語学校からすると心強いですね。「研修」と「評価」について、もう少しお話を伺えますか。

「研修」については、現状既にあるさまざまな研修を整理・体系化していき、さらに充実させていきたいと思います。日本語学校の中には、日本語教師だけではなく、管理職や事務担当、生活指導者など、さまざまなレベル、役割の人がいます。そういった役割ごとの研修を揃えていきたいです。

――日振協が中心となって、日本語学校の中だけではできない、外部研修の仕組みを作っていくのですね。

今年中にグランド・デザインを描きますので、その後、中・長期計画を立てて、各パーツを埋めていくことになると思います。

――「評価」についてはいかがですか。

今は、どの日本語学校も認定日本語教育機関になる手続き進めるのに忙しい時期です。このようなときに、第三者評価も合わせて取るというのは、日本語学校にとって負担が重いかもしれません。まずは認定を取り、その後で、更に質を高めるための第三者評価を取り入れるという流れが現実的ではないかと思います。日本語教育機関認定法において、第三者評価は努力義務なので法的強制力はありませんが、今後、日本語教育機関が教育の質を保証し、社会的信頼を得ていくために重要な役割を担っていくものと考えています。

社会から評価される認定日本語教育機関に

――告示校が現在800以上ある中で、2025年7月1日現在、留学課程で認定された機関は39機関です。認定日本語教育機関の数が少ないことや、その原因をどう捉えていますか。

認定の手続きは、新規校は比較的やりやすいのではないかと思います。文科省が示したものに沿って、ゼロから作っていけばいいわけですから。でも、既存校(告示校)は、各校にこれまで培ってきた実績があり、その実績と新しい指標となる「日本語教育の参照枠」をきちんと融合させていくところなどで苦労されているのではないかと思います。

――会員校などから相談を受けることはありますか。

はい、あります。認定については期限も決まっていますから、焦っている学校もあります。ただ話を聞いてみると、最初の段階で悩んでいるという学校も少なくないようです。そういった学校が、一歩を踏み出せるような後押しを日振協の研修でも考えています。ただし、私は会員校であるかないかということには全くこだわっていません。私がしたいことは、会員校や非会員校も含めて、日本語学校が力を合わせられるように、日振協がその牽引の役を担うことです。

――2010年以前は、日振協が日本語学校の中核だったわけですが、これから日本語教育業界では、そのような存在が必要なのだと思います。

今はまだ数が少ないですが、これから認定校はどんどん増えていきます。認定校が増えたときに、その認定校を民間レベルでまとめる役割として、日振協が機能していければと思います。認定校の教育レベルを上げるとともに、社会から評価されるような存在であるための貢献をしていけたらと思っています。

――本日は、どうもありがとうございました。

加藤早苗

インターカルト日本語学校校長、日本語教員養成研究所所長。1988年より、留学生の日本語教育、インドネシア校勤務、ビジネス研修、日本語教師養成、地域の日本語教育など活動の幅を広げ、2000年より現職。2008年より10年間、文化審議会国語分科会日本語教育小員会委員を務め、2019年に「令和元年度文化庁長官表彰」を受ける。現在、中教審日本語教育部会副部会長。主な著書に『日本留学試験 速攻トレーニング 読解編』『日本留学試験 速攻トレーニング 聴解編』(共に共著、アルク 2011)、『WEEKLY J book1 ―日本語で話す6週間―』(監修、凡人社 2012)、「日本語教師の「資格」と専門性−「登録日本語教員」制度を巡って−」(『日本語学』,明治書院 p.24-33  2024)、「認定日本語教育機関・登録日本語教員養成機関における「日本語教育」と「日本語教員養成」(『外国人受け入れの日本語教育の新しい取り組み』,田尻英三編, ひつじ書房 p.101-124  2025)など。

※上海事件

急増する中国人就学生に対して、1988年に日本政府がビザ審査を厳格化したことにより、既に日本語学校に入学金などを払っていた学生のビザが発給されず、不満を持った学生が在上海日本国総領事館に抗議した事件。

 

【日振協年表】

1983年:留学生10万人受入れ計画

1988年:上海事件

1989年:日本語教育振興協会設立

1996年:佐藤次郎理事長就任

1997年:日本語教育研究協議会(現:日本語学校教育研究大会)、箱根会議(第1回日本語教育セミナー)

2001年:日振協、第1回実践研究ワークショップ

2009年:民主党へ政権交代

2010年:民主党政権の行政刷新会議による事業仕分け(第2弾後半)

2012年:自民党へ政権交代、事業仕分け廃止

2016年:法務省「日本語教育機関の告示基準

2019年:日本語教育推進

2021年:日本語教育の参照枠

2024年:日本語教育の所轄が文化庁から文部科学省へ、日本語教育機関認定法、日本語教員試験開始

2025年:加藤早苗理事長就任

■令和7年度日本語学校教育研究大会のお知らせ

開催日時:2025年8月7日(木)10:00~17:30、8月8日(金)10:00~15:45

会場:国立オリンピック記念青少年総合センター(東京都渋谷区)

申込方法など詳細は以下をご確認ください。申込締切は7月25日(金)です。会場参加・交流会について、申込多数の場合は締切日より前に受付を終了することがございますので、予めご承知おきください。

https://www.nisshinkyo.org/news/detail.php?id=3376&f=news

執筆:新城宏治

株式会社エンガワ代表取締役。日本語教育に関する情報発信、日本語教材やコンテンツの開発・編集制作などを通して、日本語を含めた日本の魅力を世界に伝えたいと思っている。