
2026年3月10日、『はじめよう!人とつながる生活の日本語』(以下、『生活の日本語』)が出版されます。編著者の嶋田和子さんは、長く留学生のための日本語教育に携わり、『できる日本語』シリーズの監修者としても広く知られています。さらに地域の日本語教育にも深く関わる中で、日本語学習者にとって大切なのは、言語知識を覚えることではなく、地域社会に暮らす住民として人とつながり、地域でいきいきと自分らしく生活していくことができる日本語を身に付けることであるという思いを強く持つようになったということ。そのためには形になったテキストが必要と考えたことが端緒となり、本書が生まれました。嶋田さんに、本書の特長や出来上がるまでの経緯、背景にある思いなどについて伺いました。
シンプルで生活に密着したテキスト
——本書はタイトルに「生活の日本語」とあるように、地域の一員として暮らす外国人日本語学習者を強く意識したテキストだと思います。まず、本書制作の背景について、お聞かせください。
最初に「生活者としての外国人に対する日本語教育」について、国の動きを含めてお話しますと、2010(平成22)年に、「『生活者としての外国人』に対する日本語教育の標準的なカリキュラム案」が取りまとめられました。
その後、外国人労働者の受け入れ拡大を目指して出入国管理法が改正され、新たな在留資格「特定技能」が創設されたりしました。
そうした動きと相まって地域で暮らす外国人住民が増加する中、21(令和3)年に文化庁によって「日本語教育の参照枠(報告)」(以下、「参照枠」)が公表されました。
この「参照枠」では、日本語教育を考える上で、以下の3つの柱を大切にすることが掲げられています。1つ目は日本語学習者を社会的な存在として捉えること、2つ目は言語を使って「できること」に注目すること、そして3つ目が多様な日本語使用を尊重する、ということです。
現在、この「参照枠」の考え方を重視した日本語教育が広がってきています。
——『できる日本語』も「参照枠」の考え方を具現化できる教科書ですね。今回の『生活の日本語』も考え方は共通しているのでしょうか。
はい、基本となる考え方は同じです。ただ、『できる日本語』は日本語学校で留学生対象に使うことを想定して作った総合テキストですのでボリュームが多い。地域の日本語教室を訪れる機会を多くいただく中で、地域社会で暮らす外国人が学ぶには、スタート時点ではもっとシンプルで生活に密着したテキストが必要ではないかと考えて作ったのが本書になります。
具体的には、行動目標を明確に設定した上で、テーマも学習者にとって必然性のある話題やタスクを取り上げています。人や地域などさまざまな「つながり」や「固まりで話すこと」を大切にして、この本で学ぶことを通して、他者への配慮のある談話ができるようにということを目指しています。
現場に考え方を浸透させるためには「テキスト」という形になったものが必要
——本を作ることになった経緯について、教えていただけますか。最初に先生ご自身で「試作版」を作成されたとお聞きしましたが……。
そうなんです。「参照枠」では、日本語を学習する上では、個別の語彙や文法を学習目標に設定するのではなく、日本語学習者が実生活において、日本語ができるようになりたいと思う言語活動についての言語能力記述文(活動Can do)を目標に設定することが大切であると書かれています。
私は「生活Can do」に基づくカリキュラム開発の研修などにも関わったのですが、やはり何かしら形になったものがないと現場には浸透していかない、絶対にテキストが必要だと感じるようになりました。そこで、2024年秋から自分で20課分デザインをし、その上で7、8課分を作ったんです。
——そこから、どのような経緯で出版ということになったのでしょうか。
2つの出来事がきっかけになりました。1つは、私が暮らしている東京・杉並区の交流協会から「子どもの日本語教室を立ち上げたい」という相談を受け、2021年に地域日本語教育総括コーディネーターを引き受けたことに始まります。区と教育委員会、交流協会と連携し、22年に小中学生対象の教室を立ち上げることができたのですが、次に行政として、ゼロ初級の成人を対象に、生活に必要な日本語を教える教室を作ろうという話になりました。そこで必要になるのがやはり「テキスト」です。いろいろな自治体で作成しているテキストを調べたりしたのですが、「これだ!」と思えるものがない、じゃあ、自分で作ろうと決意しました。最初は本の形態ではなくPDFでもいいと考えて「試作版」をもとに杉並区用のものを作りはじめました。
もう1つの出来事は、杉並区用のテキストを作りはじめていた頃に、アルクとの『できる日本語』の会合があったんです。そこで営業の方から「今後、育成就労制度も始まり、地域で生活する外国人はさらに増えると思うので、生活に密着した日本語のテキストが必要になると思うんですが、先生、どう思われますか」と聞かれ、「今、それ、杉並区で作ってますよ!」「え、それを本にしましょう!」ということになりました。それが、本書の生まれるきっかけになりました。24年の終わり頃の話です。
——「本」を形にして出版することが決まり、執筆チームを結成されたのですよね。
何かを作る上で、私は対話を大切にしたいと考えています。そこで、『できる日本語』を一緒に作ったり、長く使ってきている、濱谷愛さん、松井やよいさん、森節子さんの3人に声をかけました。イラストも人が関わる場面をきちんと表現してくれるイラストレーター、しかも地域日本語に関わっている人にお願いしたいと思い、千葉県で地域日本語教育コーディネーターをされている油川美和さんに依頼したところ、快諾をいただきました。
——杉並区用に作っていたものをデザインし直して、チームで作り上げていったのですね。
そうです。25年3月からチームで作業を進めていきました。すでにかなり出来ていたので、チームになってから大急ぎで作り込みを進め、「試用版」を完成させました。これは、私が総括コーディネーターを務める杉並区の「はじめての日本語」クラスでも去年11月から試用を開始し、2月25日に修了式を迎えました。週2回、1回1時間半の24回シリーズです。すでに、ほかの自治体からも使ってみたいというお話をいただいています。
本書の構成・内容の特長は?
——本の構成と内容について、具体的な特長についてご紹介いただけますか。
本全体は本冊と別冊の2つからなっています。まず本冊は15のテーマと応用編「ジャンプ!」、それに付録で成り立っています。15のテーマは3つのパートに分かれ、日常生活の身近な人との関わりから徐々に広がっていき、地域社会とつながるような構成になっています。

応用編「ジャンプ!」は「楽しかったこと」「びっくりしたこと」などのトピックを設け、参照枠の5つの言語活動「聞くこと」「読むこと」 「話すこと(やりとり)」「話すこと(発表)」「書くこと」に沿って自由に活動してみましょうという目的で入れました。
そして、今回、工夫したのが「ふろく」です。ふろくAとBの2つあるのですが、Aは日常生活でよく使う数字や数え方、カレンダーの日付などをシンプルにまとめました。
また、この本は動詞の活用は扱わないことにしていて、「~てください」はチャンク(かたまり)として扱っています。そこで、参考に「テ形」の作り方に関してふろくBに入れました。また、丁寧体だけを扱っているので、丁寧体と普通体の比較表もBに入れています。さらに、15のテーマは楽しいもの、わくわくするものを中心にしているので、「防災ガイド」などをふろくBに掲載しました。

そして、別冊も、私の思いを形にしたものになります。別冊の表紙に「わたしの日本語ノート」とあるように、自分で見つけた言葉や必要な言葉を記入していく形になっています。言葉は個人的なものですから、自分で調べて書いてほしい、それが自律的な学びにも通じると考えて、このような形にしました。

また、Can do チェックや作文を書くページもあるのですが、支援者からの言葉は「メッセージ」という形で学習者に伝えたい言葉を書くスペースを設けました。背景にある思いとして、支援者の方には、学習者の自律的な学びを大切にできるパートナーであるという意識を持ってほしいということがあります。


15のテーマの中に「ボランティア」を入れた意図は?
——あらためて、地域の日本語教育の役割について、嶋田先生はどのようなことが必要で、この本をどう役立ててほしいと考えているのか、お伺いできますか。
地域の日本語教育は何のためにあるか、といえば、日本語を学ぶ人が、その地域で安全安心に、いきいきと暮らすことができるというのが大前提ですよね。日本語を覚えることが目的ではなく、学ぶことによっていろんな人、つまり地域社会とつながることができる。そしてただつながるだけではなく、主体的にその社会を作っていく人になってほしいと思っています。そこが、この本で最も大事にしたところです。
その象徴と言えると思うのですが、15のテーマの最後に「ボランティア」を入れました。この本は「参照枠」の日本語レベルでいうと、基礎段階であるA1レベルの学習者対象で、学習時間数は40〜50時間を想定しています。ですが、そこにあえて「近所の人から公園のゴミ拾いや草取りに誘われて活動する」「子どもの母語支援に参加する」「子ども食堂で活動する」というトピックを入れました。学習者は支援されるだけではなく、主体的に地域に関わっていく存在になってほしいという思いを込めています。日本語ができなくてもできるボランティアはあるよねという私からのメッセージです。

——なるほど。
もう一つの特徴として、「課」という言い方をやめました。「課」にすると、どうしてもここまで終わらせたいという意識になりがちです。ですから「テーマ」にしました。テーマなら終わりはありません。このテキストを通して、支援する側の方にも意識改革をしてほしいという思いがあります。
——本書は学習者との関わり方に関して支援者の方にも意識を変えてほしいというメッセージでもあるのですね。
はい。日本語をこれから学ぶ人たちにまず必要なのは、言語的知識を覚え込むことではなく、地域社会に暮らす住民として、人々とつながり、自らの社会が広がり、生き生きと自分らしく生きていくための日本語を身に付けることです。もちろん文法や言葉も大事ですが、それは言語活動を支える「脇役」です。支援する側の方としても、言葉や文法を教える人ではなく、学習者の学びに寄り添い、学び合い、学習者の自律的な学びを大切にできるパートナーであるという意識を持ってほしい。日本語学習の主役は学習者であって、支援する人は黒子であるという思いを忘れないでほしいですね。
——本書の特長や、この本をどのように使って日本語学習を進めてほしいと願っているのか、先生の思いがよくわかりました。ありがとうございました。
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