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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

『日本語教師、外国人に日本語を学ぶ』—9人の日本語学習の達人が語る「日本語の新たな顔」

FMヨコハマのアナウンサーとして20年以上のキャリアを持つかたわら、日本語教師としての経験も積み重ねてこられた北村浩子さん。現在はさらに仕事の幅を広げ、書評家、ライターとしても活躍されています。今回は、北村さんが日本語学習の達人9人と、日本語の学び方や日本語に関して対話を行い、その内容をまとめたご著書『日本語教師、外国人に日本語を学ぶ』について、出版のきっかけやインタビュー中のエピソードなどを伺いました。加えて、北村さんはどのようにご自身の言葉を培ってこられたのか、言葉を扱う仕事を行き来する中で、どのように「日本語」や「言葉」と向き合っているのか、お聞きしました。

出版のきっかけはSNSのつぶやき

「ひらがなの『い』は2つの棒の間に何もない。配置するのが難しく、不安」といった日本語を学ぶ外国人からの日本語の見え方を聞き、「不安!『い』が、不安!」と著者が率直な驚きの言葉で受ける。——『日本語教師、外国人に日本語を学ぶ』(小学館)は、ページをめくる度、日本語を母語とする者からすると、考えてみたこともなかったような日本語の新たな顔が見えてくる本だ。

著者・北村浩子さんは、15年以上のキャリアを持つ日本語教師である。そんな北村さんが日本語学習の達人9人に、いかにして日本語を身に付けたのか、外国人の目から日本語はどう見えるのかなどを聞いてまとめたのが本書である。

きっかけは、北村さんがSNSで「日本語を学び、自分のものにした人に、頑張って学んでいた頃に見えていた景色を聞いてみたい。どのように日本語を見ているのか、上達している人の言葉で聞いてみたい」とつぶやいたのを小学館の編集者の方が見つけ、声を掛けてくれたことだったそうだ。

「私がお話を聞いてみたいと思う方のお名前をたくさん挙げて、そのリストを元に編集者の方が連絡を取ってくださり、ご返事をいただけた方にお話を伺っていきました」

9人は、歌手、声優、シェフ、研究者、外交官など、活躍している世界は異なるが、いずれも日本語を外国語として学び、高みに到達しているという共通点がある。しかし、面白いのは、驚くほど辿ったルートも違えば途中で見ていた景色も違うことだ。例えば、文法を知識として学ぶのではなく、まず日本語の表現を丸ごと覚え、後から文法規則やパターンに気付いて習得した人、日本語の教科書を見て先生が話すのをひたすら聞くという方法で習った人など、想定外の学び方、教え方が登場する。いわゆる日本語教育機関で日本語教育に携わる人にとっては「そんな方法で学べるのか!?」と思うだろう。

また、日本語のありようについての見方も“九人九色”。冒頭に挙げた例のほか、「日本語は汚い言葉が足りない」「日本語は感動を伝えやすい」など、思いもよらぬ指摘に対し、北村さんの素直な反応の言葉が挟まれ、話に引き込まれていく。

学習者の言葉で語られる「脳内で起きていること」

取材で印象に残った方について伺うと、第1章のKさんはインパクトがあったという。Kさんは韓国出身。歌手・ミュージカル俳優として活躍している。北村さんが初めてKさんが日本語を話すの聞いたのは10年以上前、ラジオ番組でのことだった。当時、FMヨコハマのアナウンサーをしていた北村さんは、朝の生番組にKさんがゲストとして出演され、軽妙な日本語でトークをしているのを間近で聞き、強く印象に残ったという。今回の本を作りたいと思ったきっかけもKさんだったそうだ。

「Kさんは日本語を文法からではなく耳から覚えたと話してくれました。それなのに正しい文法を習得されている。その上、細かい発音やリズムの再現力が本当に素晴らしく、さすが音楽を職業にしている方だけあって耳がとてもよいのだと思いました」

その他にも、会話ではテンポや「」を大事にしたいので、日本語を韓国語に脳内で翻訳してから反応するのではなく、日本語を日本語として理解するようにしていたという話も本書では紹介されている。Kさん以外の章でも、日本語の習得過程で脳内や心の中ではどのようなことが起きていたのか、学習者が語ったことが、日本語教師の視点から綴られている部分がたくさんある。日本語を教える者にとって興味深い内容であるだけでなく、第二言語習得を考える上での貴重な記録にもなっているといえそうだ。

もう一つ、章の間にある日本語に関するクイズ形式の「コラム」も日本語を母語とする者にとっては興味を引く。例えば、「いい」「きれい」「欲しい」「寒い」の中で種類が違うものが一つあるが、どれかという問題が出題されている。

 「母語として話しているのに、日本語のことがわからないという気付きをスパイス的に入れたかったんです。講演のときも『ゼロから日本語を勉強しはじめた留学生でも1カ月で答えられる問題です』といって出題すると、皆さん、興味を持って考えてくださいます。本の感想でも、クイズが難しかったという声を多くいただいています」

答えは本書で確認してもらうとして、こういったクイズも入れることで、日本語教師というのはそんなに簡単ではない、奥深い仕事なのだということも理解してもらえたらという思いもあると北村さんは語った。

起点はスヌーピーの本と「本は弱者の拳である」という言葉

本書は、北村さんが当初、知りたいと思った「高みに達した日本語の達人が語る言葉」と、北村さんの聞き出し力・筆力があいまって生まれた本であるともいえる。北村さんは、どのようにして、その力を培ってこられたのだろう。

前述したように、北村さんは日本語教師になる前は、FMヨコハマのアナウンサーとして仕事をされていた。ニュースを担当する他、本の紹介番組を持つようになり、月に10〜12冊読んでいたという。これまで、どのような本と出会い、ご自分の言葉を育んでこられたのかを知りたくなり、子どもの頃の読書体験について伺った。すると「得意なことが何もない子だったんです」という意外な言葉から話は始まった。

「当時はゲームもスマホもなかったので、娯楽といえば外で遊ぶか、うちで本や漫画を読むぐらいしかありませんでした。運動も苦手でしたので必然的に家にいることが多くなり、その流れで本を手に取るようになりました」

そんな北村さんが7歳の頃、出会ったのがスヌーピーの漫画だった。キャラクターとしてのスヌーピーが好きで、グッズを買ったりしていたが、漫画があることを知り、買い求めたという。谷川俊太郎さんが翻訳したもので哲学的なことも多く書かれている。特に惹かれたのは劣等感に関する部分だった。

「子どもの頃って運動が苦手だと劣等感を抱きやすいと思うんです。スヌーピーの本では、自分はダメだという気持ちをスヌーピーやチャーリー・ブラウンが言い表してくれている。そこに喜びみたいなものを感じました」

本を通して、心の中に潜む劣等感やねじれた気持ちに輪郭を与えてくれるのが言葉というものではないか、というぼんやりとした意識を持つようになった。

さらに、北村さんはもう一つ、自分の起点になった言葉を紹介してくれた。

「20〜30代の頃、花村萬月さんの小説をたくさん読んでいたんです。初期の作品の中に『本は弱者のこぶしである』という言葉があり、ああ、私は弱者の拳としてずっと本を読んできたのかなと思い、鮮明に覚えています」

捉えにくい気持ちや感覚を掴み、言葉で輪郭を与える——今回のご著書でも、対話中、話し手と聞き手の間に立ち現れたと思われる掴みにくいものが、北村さんの言葉によって形を与えられ読者の前に提示されていると思われる所がたくさんある。日本語と母語の隔たりの間で感じる悔しさや戸惑いなど、微妙な思いを汲み取って言語化する力の源泉に触れたような気がした。

インタビューは質問と答えではなく「会話」

北村さんは、作家へのインタビューも数多く経験されている。相手から話を聞き出すという点で、何か心掛けていることはあるのだろうか。

「基本的にインタビューは質問と答えではなく会話だと思っています。もちろん質問は用意していくのですが、それに添いすぎないようにしています。あとは相手に興味を持つことですね」

そして、20年ほど前、ある作家にインタビューした際、「北村さんは、今日、『この本のテーマは何ですか』という質問をしなかったのがとてもよかった」と言われたというエピソードを明かしてくれた。

「作家さんも、そう聞かれるのにうんざりしているのだと思いました。そこから一般的な質問ではなく、できるだけ他の人とは違う言葉を使って聞くようにしています」

先に『日本語教師、外国人に日本語を学ぶ』は、北村さんの聞き出し力と筆力のなせる技と書いたが、各人から興味深い話を聞き出せている秘密はこれだったのかと、腑に落ちた。

「言葉を扱う仕事」を行き来する中で

では、聞き出したことを書き言葉で伝える原稿を書くときはどうなのだろう。

「書き言葉は基本的に文章として成立していなければならないというのがあると思います。また、日本語には漢字があるため、抽象的な言葉を使いやすいということもありますね」

その他、近い場所に同じ言葉を使わない、代名詞を多用しない、文の見た目である「づらを意識してカタカナや平仮名、漢字のバランス、読んだときのリズムにも心を配る。

書く仕事と並行し、日本語教師の仕事にも軸足を置く北村さんだが、日本語教師は「日本語を手渡す仕事」だと表現する。その意味を尋ねると「日本語を教えるというのは、言葉の意味だけではなく、使い方を教えることだと思っているからです。ただ知識として知ってほしいのではなくて、相手には、それを道具として使えるようになってほしいという思いがあります。その道具を手渡して、彼らが使ってくれるようになることが言葉を教えることの一番の目的だと思っているので、使える道具を渡すという感覚から『手渡す』という言葉が出てきたんだと思います」と説明した。

最後にあらためて『日本語教師、外国人に日本語を学ぶ』に登場した9人の達人について共通する点を尋ねると、「全員、『この程度でいいや』とは思っていない、あるいは思わなかった方たちなんだなということですね」とのこと。

それを象徴するように、インタビューを受けた9人は、申し合わせたかのように、初めに「私の日本語なんかでいいんでしょうか」という謙遜の言葉を述べたというエピソードも披露してくれた。

ラジオのパーソナリティ・アナウンサー、ライター、日本語教師と「言葉を扱う仕事」を行き来してきた北村さん。ラジオなど「話して情報を伝える」仕事では「聞き手が頭の中で人物像や物語の構成を描きやすいよう、提示する順番を大事に考える」とも語ってくれた。実は本書のもう一つの特徴として、各章の最後に、次章へといざなうナビゲーションが入っている。これがラジオ番組の曲紹介のようで、次の章への興味を掻き立てられて、つい先へ先へと読み進めてしまう。この構成も「各章につながりを持たせたかったため」と、北村さんが考えられたそうだ。

9人の日本語学習の達人ゲストと繰り広げられるトークセッションを楽しみながら、日本語の思わぬ姿に気付かされる。日本語教師はもちろん、日本語母語話者も、外国人に日本語を学ぶ——そんな1冊である。

青山美佳

フリーランスライター・編集者・園芸療法士。編集プロダクション、出版社勤務などを経て、フリーランスライター・編集者に。日本語や言語教育の分野を中心に、さまざまなご縁をいただいて、日々、テキスト執筆・編集、現場取材・記事執筆などに携わっている。傍ら園芸療法士として高齢者施設での活動もぼちぼちと。