
今回の「日本語教師プロファイル」でご紹介するのは、ミッドリーム日本語学校校長の山田貴彦さんです。山田さんはこれまで多くの勉強会・研修会を主催し、現在では日本語教育振興協会の評議員も務めるなど、日本語教育の世界で活躍されてきました。しかしまだ40代初めという若さ。山田さんにこれまでの道のりと今後の展望についてもお話を伺いました。
外国人の友人たちのサポートができるなら
――日本語教師になったきっかけを教えていただけますでしょうか。
若い頃は本当にフラフラしていたんですが、そろそろ就職という時にたまたま本屋で日本語教師養成講座のパンフレットを見つけました。アルバイトで中国人、韓国人の留学生の友人が複数いたので、彼らのサポートができる仕事があるなら、面白そうだと思って、養成講座に通い始めました。
――養成講座はいかがでしたか。
専門学校で韓国語を学んでいたんですが、その時の先生が言語学専門の方で日本語との比較で教えてくださっていたんです。たとえば日本語の「は」の機能はね、みたいに。それで文法には興味を持っていました。先生が紹介してくださって、最初に読んだ文法書が『「の(だ)」の機能』(野田春美著・くろしお出版)でしたし、養成講座もそういう面ではとっつきやすかったです。
――養成講座終了後、ミッドリーム日本語学校に?
はい。採用面接を受けた時は、聞かれたことにも答えられなくて、感触的に、あ、これは勉強不足なんだなと思ったのですが、運よく採用されました。若い男性が少ないから採ってみるかということだったようですが。
新人の時は主任と一緒に授業の振り返り
――その後、現在に至るまでミッドリーム日本語学校で教えられているわけですね。
はい、初めは非常勤講師として、アルバイトも継続していたので、週に1回の授業でした。だんだん日本語の方を多くしていって、最後の方は、アルバイトは2週間に1回だったり、学校の長い休みの時だけ集中的に入ったりしていました。そうやって3年ほど非常勤講師をした後、お声がけいただいて専任講師になりました。
――日本語教師として教え始めた頃は大変ではありませんでしたか。
そうですね。今思うと授業準備や採点などは大変でしたが、もともとアルバイトで長時間働いていたので、それほど苦にはなりませんでした。授業でうまくいかなかったこともありますが、学生にはごめんね、来週もう一回ねとしました。ただ、当時の主任の先生が研修や授業見学も頻繁にさせてくださって、さらに毎回授業後に振り返りも一緒にしてくださいました。何がうまくいって、何がうまくいかなかったか、聞いてくださりアドバイスをいただきました。非常にありがたい環境だったと思います。
専任教員になってから経営体制が変わったり、それまでの専任の先生がお辞めになったり、いろいろありました。その後、主任教員になり、2019年4月からは校長という立場で働いています。
一か所にいたほうが、できることが増えていく
――一つの学校でしか教えたことがない日本語教師の方というのも珍しいのではないかと思うのですが。
そうですかね。確かにこの業界、辞めて他の学校に移られる方も多いですね。ただ、私の場合、一つのところで働く方が性に合っているというか。アルバイトも一つのお店でずっと続けました。一か所にいた方が、その学校でできることがどんどん増えて行きます。転職しちゃうとそれがリセットされて、また一からやらなくてはいけません。それがめんどうくさいんですよね。
――居心地が良かったというのもありますか。
もちろん、そうですね。最初の主任だった先生は私の師匠だと思っています。あとは学生や同僚の先生のことを考えると簡単に転職する気になりませんでした。
皆さん、完璧な職場を求めて転職なさると思うんですけど、完璧な職場ってないと思うんです。他の職場に移っても結局不満は出る。私は、それよりは、今いる場所を自分好みに変えて行ったほうがいいのかなと思っています。
「若手日本語教師の会」

――山田先生はミッドリーム日本語学校でのお仕事以外にもたくさん勉強会を主催されたりしていますね。
専任をやっていたとき、何人かの他校の先生と「自分たちで勉強会やろうぜ」ということになりました。当時の勉強会はベテランの先生が主催されて、そのお話を聞きに行くというものが多かったので、自分達だけで学びあう場があるといいよねと。それで、ちょっとベテランの先生が来づらい名前にしようと(笑い)「若手日本語教師の会」を立ち上げました。2013年のことです。その頃は、あいつら変なことやっているぞと目を付けられていたと思います。
ここでは3か月に1回ぐらい勉強会を実施したのですが、その時に掲げていたのが「日本語教師の地位向上」でした。会社に文句を言って給料を上げろというのではなく、一人一人がスキルを上げて貴重な存在になることで給料を上げようと。ここでは毎回違うことをやりました。みんなで導入の仕方を考えようみたいなのは他の勉強会でやってもらって、ここでは外部の知見を利用してどうスキルを上げていくかというものが多かったです。塾講師の方をお呼びして板書デザインの考え方とか、アナウンサーの発声指導をやっている方に、日本語教師はどうやって声を出すべきかをお聞きしたり。旅行会社の方に観光業を学んだ外国人が現場でどう活躍しているのかについて話していただいたこともあります。
そして2017年には念願だったシンポジウムも開催することができました。130人ぐらい参加者がいて、大きな会場で基調講演、分科会も行いました。その時のテーマは「日本語教師の待遇を考える」でした。
同じ年に名称を「日本語教師センター」にしました。発足した当時は私を含めた発起人が20代後半から30歳ぐらいだったんです。でも、もうみんな若くないよねと。そして当初は日本語学校の専任教師に限っていた会員資格を非常勤の方にも広げて、より広く業界全体をターゲットとしていきました。その後、コロナになって勉強会の回数が減ったことと役員たちの進む方向も変わってきたので、2024年に会を解散しました。
勉強会は企画者側が一番得
――他にも数多く研修を企画されていますが。
そうですね。2012年から2019年まで日本語学校進路指導研究会で、進路指導に特化した研究会を定期的に開催していました。これはある会社からの依頼で企画運営を任されました。例えば専門職大学ができた時に、普通の大学とはどう違うのかについて学ぶとか。どの学校が入りやすい、学費が安いなどの安直な進路指導ではなく、お勉強という形のものでした。
それから専任教員研修ですね。これはもともと東京三立学院の及川先生が手弁当でおこなっていたものなのですが、途中から日本語教育振興協会(以下、日振協)の主催になりました。その時にお声がけいただき一緒にやるようになりました。この専任研修は毎年春に100名以上、朝から夕方まで1日かけて代々木のオリンピックセンターで行います。まず全体でパネルディカッション、講演を聞く。次に初任、中堅、ベテランというキャリア別に分かれて違うお題で討議する。最後にキャリアを超えた交流と意見交換をするという3本立てです。例えば授業中にどうやって学生に携帯電話を触らせないようにする? なんていうのは意外にも初任者のほうがアイデアを持っていたりするんです。若い人から学ぶこともあるんですね。
それから2018年から日振協の主任研修実施委員にもなりました。2016年の主任研修に自分が出たのですが、翌年は「ようこそ先輩」という企画で、オブザーバーとして呼ばれました。その後、委員にということです。2025年1月からは日振協の評議員になっています。
――そのように多くの勉強会を企画運営されるのは勤務校でのお仕事もある中で大変かと思うのですが、そのモチベーションはどこから来ているのでしょうか。
たしかにひたすら勉強会をやってきた10数年ですね。こういう勉強会に行くと、例えば10人いた場合、自分が1のアイデアを出したら、9のアイデアを持って帰れるので、お得なんです。毎回すごく刺激をいただいて、企画者側が一番勉強になります。ふらっと勉強会に参加するより身につけられるものが全然違うと思います。それから、10数年やっていたことによって人脈もいただけたので、今にも繋がったかなと思います。
認定日本語教育機関として認定されました!

――ミッドリーム日本語学校は認定日本語教育機関として認定されたそうで、おめでとうございます。
ありがとうございます。第2回で認定されました。まず早めに取った経緯としては、学校のブランド力を高めたいということでした。本格的な準備は半年前からでしたが、書類を580枚出しました。私と教務主任、副主任で集中的にやってもぎりぎりという感じでした。しかし認定が取れたことで学生募集、教員募集にいい効果があると思っています。
――「自立・自主・自助」を柱とする主体的な学びを学習目標に掲げられているということですが、どのような特徴があるのでしょうか。
2017年より経営者が旗振りをして、全校生徒にタブレットを配布しました。文科省のギガスクール構想に合わせた形です。タブレットで出席管理をしたり、選択式の宿題はすべてタブレットにしました。またテストも70%の問題は選択式でタブレットで行います。これの良い点は即時フィードバックができるところです。タブレットでのテストは、終了後すぐに採点されますので、学生の学習意欲が高いうちに間違いを確認できるんです。先生の方も楽ですよね。採点ミスもありませんし。
2024年からは電子黒板も導入しました。苦手な先生もいらっしゃるかと思い、本格導入の前に空き教室に2台だけ電子黒板を置いておいて、来年度から使いますから不安な人はいじり倒しておいてくださいと言いました。今では全教室に導入しています。
今後としては大学進学、大学院進学に力を入れていきたいと考えています。中国系の学生だけでなく非漢字圏の学生にも、できたら学歴としてのメリットを考えて大学を目指してほしいと思っています。
それから教師採用という面の特徴として、大学3年生のインターンシップを行っています。将来日本語教師を目指す大学生に半年、通ってもらいます。10月~12月は教案指導と授業見学。1月~3月は1か月に1回ずつ45分間ですが教壇に立ってもらいます。これはミスマッチを防ぐのが目的です。このおかげで2025年度も2名の方が新卒で採用されました。
――留チューブ日本語学校というYouTubeチャンネルもやってらっしゃいましたね。
あ、あれはコロナの時に暇だったので始めたんです。最近はサボっていますが。日本語教師の方や日本語教師を目指す方向けのものなんですが、配信の頻度と送られてくる履歴書の数がちゃんと比例するので再開しないと、と思っています。面接に来た方が留チューブを見てという場合もあるんです。
認定申請のお手伝いをします

――これからやっていきたいことはありますか。
認定申請で困っている学校のフォローをしたいです。日振協の評議員もやっていますので。このままのペースだと法務省告示校の半分ぐらいは消失してしまうのではないかと危惧しています。それは業界の衰退につながるので、できることはしていきたいと思います。直近では、日振協のイベントとして全国6か所で、認定申請アドバイスの講演を実施しました。また、日振協の研修事業として認定申請のための講座を開講中です。
――これから日本語教師になりたい方へのアドバイスをお願いします。
社会の方向として登録日本語教員の国家資格化と認定日本語教育機関が法律で認められたのは、ものすごく大きいです。日本語教師の社会的認知度も上がってきました。過去には、「日本語教師は食べていけない」とか、「やりがい搾取のブラックな業界」という意見もありましたが、これからやろうという方は過去のブラックを体験せずにやれる恵まれた世代です。大きく業界が変わっていく過渡期に活躍できるのは凄く幸せなことだと思うので、この波に乗っていきましょう。明るい未来が待っていますよ。
取材を終えて
留チューブをいくつか拝見しました。導入の仕方やAIを使った授業準備など現役教師にも役立つトピックから、これから日本語教師を目指す方のための試験についてのお話、さらに他校の先生も交えての日本語学校ぶっちゃけトークなど大変興味深い内容でした。山田先生の語り口が心地よく、ついつい見入ってしまいます。皆様もぜひ。
取材・執筆:仲山淳子
流通業界で働いた後、日本語教師となって約30年。8年前よりフリーランス教師として活動。



