
前回はペーパーレス化の良い点、悪い点についてお話しました。ペーパーレス化の影響を最も感じるのが読み書きの授業ではないかと思います。紙に書くかどうかも含め、今回は読み書きの中でも漢字の授業についてお話していきたいと思います。
読む・書く・弁別する
パソコンやスマホが使われるようになった今、手書きで書くよりも入力する機会の方が断然多くなりました。皆さんの中にも「以前より漢字が書けなくなった」と感じている人は多いのではないでしょうか。書けなくても変換できれば良いという考えもあるでしょう。そのため、昨今の漢字学習では「読む」「書く」ともう1つ、「弁別する」という力について考える必要があります。
「弁別する」力。私たちは文字を入力するとき、いくつかの変換候補の中から正しい漢字を見分け、変換します。これができるようになることがゴールです。
弁別するには、まず正しい読みを入力できなければなりません。「保証」を「ほしゅ」「ぼしょう」と入力してしまったら、変換したくても変換候補に「保証」は出てきません。音声入力でも同じです。正しい発音で読むことが求められます(最近は予測変換がかなり賢くなっているので、多少間違えても大丈夫! ということも増えたと思いますが)。変換候補が出てきたら、「保障・保証・保障」などの候補から正しい漢字を選べる力が必要となります。
そう考えると、今まで以上に正しく読む、そして正しい漢字を選ぶという練習が必要になってきます。
漢字を書くメリット・書かないデメリットー学習者側―
では、「書く」練習は必要ないと言えるでしょうか。
入力して変換できれば良い、書けなくても良い、という学習者もいるでしょう。学習目標にもよりますが、特に最初の段階では手書きをおすすめします。
一番の理由は、手書きの方が漢字の成り立ちを理解しやすいからです。成り立ちが理解できていればその後漢字を積み上げやすくなります。
たとえば、トメ・ハネ・ハライの問題です。サンズイを4画で書いてきた学習者がいたことは『漢字授業の作り方編』でも紹介しました。「シ」の3画目のハネを理解していなかったことが原因です。最近上級の学習者からひらがなの「さ」について、2画目をつなげて書くのと2画目を跳ねて3画で書くのとどちらが正しいのかと質問されました。フォント(文字のデザイン)上の違いにすぎないのですが、2画と3画で全く違う文字にも見えますね。これも運筆がわかっていれば理解しやすいことだと思います。
また、漢字はパーツがパズルのように組み合わせでできていることを理解しているかどうかも大切です。何も知らない非漢字圏の学習者が「明、朋、昌、晶」をパッと見た場合、全く異なる4種類の漢字があると考えるでしょう。もしそれが日と月を組み合わせることを知って入れば、それらの漢字が1~2文字の組み合わせに過ぎないことが理解できます。水泳の「泳」という漢字も水を意味するサンズイと音を意味する「永(エイ)」の組み合わせだとわかれば、1字を丸ごと覚えるよりも理解しやすくなります。
運筆のパターン、形の組み合わせのパターンを最初に手書きで覚えておくのは、長い目で見て漢字学習の近道ではないかと思います。美しい字や完ぺきな筆順を求める必要はありません。紙ではなく、タッチペン等でパッドに書いても良いでしょう。何度も書いて消せる、組み合わせを簡単に色分けできるなどのメリットがあります。
漢字を書くメリット・書かないデメリットー教師側―
学習者が手書きで書くというのには、教師側にもメリットがあります。
漢字の書きテストに先ほどの「およぎます」という問題があったとします。(これは以前本当にあったのですが)解答欄に水しぶきをあげて泳いでいる人の絵を描いた学習者がいました。もちろんこれでは不正解ですが、この学習者は正しい漢字は書けなくても、左側に水しぶき(サンズイ)があり、「およぎます」がswimの意味だということまでは理解していることがわかります。もし「泳ます」と書かれていたら、それは送り仮名の間違いです。「泳きます」は清濁の間違い、「冰ぎます」のような字はうろ覚えによる間違いです。もし「聞きます」と書かれていたら、勘違いもしくは全然覚えていないということが推測できます。そこに何度も書き直した跡があれば、何かと最後まで迷ったことがうかがえます。このように、学習者がどこまで漢字を理解し、どこでつまずいているのかは文字入力よりも手書きの方がこちらに伝わる情報量が多いように思います。つまずきがわかれば、対策も練りやすいものです。
反対に、文字入力では予測変換や翻訳機能に頼っている可能性もあり、本当の実力が見えていない場合があるので注意が必要です。
漢字圏の学習者・非漢字圏の学習者
漢字圏の学習者は漢字を見て意味がわかるという強みがありますが、送り仮名が苦手、読みが苦手という学習者が多いように思います。音声入力機能を使って、音読して正しい漢字かな交じり文が入力できるかどうかという練習や、漢字かな交じり文を音読して録音するという練習を行うと、発音と表記を同時に学習することができます。
今は多文化社会ですので、一概に国籍だけでは漢字がわかるかどうか判断できない時代でもあります。以前、こちらが漢字圏だと思っていた学習者が、ほとんど漢字を知らなかったということがありました。その学習者は自分が漢字ができないことにコンプレックスを持っていて、ひた隠しにして1人で悩んでいたのです。文字を見て、発音できなくても意味がわかるのか、各パーツの意味を知っているのか。こっそりスマホの翻訳機能に頼っていないか。学習者のレベルを気をつけて見極めたいものです。
そして、漢字の形の成り立ちを知らずにがむしゃらに覚えてきたという学習者には、少し戻って篇や旁の話をしても良いと思います。漢字が苦手という学習者には、街中で気になった漢字の写メを撮ってきてもらい、その漢字をパーツに分解するところから漢字の話を始めるというのも一つの方法です。興味を持って、学習者が自分で漢字を積み上げていける道筋を考えていきましょう。
ちなみに日本語教育の参照枠では……
先ほど「美しい字や完ぺきな筆順を求める必要はない」と書きました。日本語教育の参照枠でも「単に形や書き順を覚えることに注力するのではなく(中略)漢字に興味を持たせるように工夫することが大切である」とされています。最後に、日本語教育の参照枠で示されている漢字の扱いについて簡単にご紹介しておきます。
日本語教育の参照枠には、分野を問わず、国内外全ての学習者に共通する基礎漢字として122文字が示されています(日本語教育の参照枠」 報告(令和3年10月)p.68参照)。そしてAレベルでは、正しく読んだり書いたりすることではなく、見て「意味がわかることを優先にする」という方針が掲げられました。

漢字学習では、この基礎漢字を軸にして、学習者それぞれの言語活動において必要となる漢字を選び、過度な負担とならないように設定することが求められています。負担とならない方針として、学習者のレベルや状況によって「見て意味がわかればよいもの」「意味と読み方がわかればよいもの」「書けることが望まれるもの(基本的には住所や名前など)」を区別することが必要だとされています。このほか、字形を認識できるようになるので必要に応じて書く指導に取り入れるのも有効であること、非漢字圏出身者か漢字圏出身者か留意することなどは上記に述べた通りです。
つまり、学習者にとって必要な漢字を、負担なく、段階的に教えて行こうということだと思います。日本語教育の参照枠の漢字の在り方については今後も検討されていくとのことです。目の前の学習者のニーズをくみ取りながら、積み上げやすい漢字の学習方法を引き続き考えていきましょう。
執筆:望月雅美
さまざまな日本語教育機関でこれまで8~88歳の日本語クラスを担当。現在、埼玉大学日本語教育センター非常勤講師兼諸々。著書に『日本語教師の7つ道具シリーズ1授業の作り方Q&A78編』(大森雅美名義、共著)『どう教える?日本語教育「読解・会話・作文・聴解」の授業』(共にアルク)などがある。音楽と笑いと自然を愛する3児の母。





