
文法と語彙をいくら覚えても話せるようにならない学習者が多いことから文法積み上げ式は……と言われたりします。一方で、課題遂行(Can-do)の形で学習目標が設定されている教科書においても同じような順序で文法項目が並んでいることが多く、何が違うのかと思っていらっしゃるかたも多いのではないでしょうか。順序が同じであっても、なぜ今、文法や語彙を、学習者にとって身近で具体的な活動を課題とした「意味のある文脈」で学ぶのが良いとされているか、ただ文法項目を取り出して練習しても話せるようにならないのはなぜか、考えてみたことはありますか。ここでは、人間の記憶や認知、頭の中で行われる言語処理や思考に目を向け、その「なぜ」について考えることで、どうすれば「話せる」ための文法指導となるのか、そのヒントを得ていただければと思います。最後に同テーマのセミナー動画もご案内しています。 ( 峯 布由紀/上智大学言語教育研究センター)
言葉を学ぶ、話せるようになるってどういうこと?
言語を学ぶということは、ざっくり言うと、言葉を記憶し、それを頭の中に留め、必要な時にそれを思い出して使う、ということになります。まずは、記憶しなければならないので、人間の記憶、保持できる情報量や、話すための記憶について確認し、言語の発達について考えてみましょう。
①ことばと記憶

記憶は、保持している時間の長さから、大きく短期記憶と、長期記憶の2つに分けられます。
短期記憶とは、数秒から数十秒程度、一時的に保持している記憶のことを言います。保持できる情報量は7±2チャンク(Miller 1956)ぐらいとされています。このチャンクというのは情報の塊のことです。たとえば、「風邪」「を」「引く」と3つバラバラな状態では3チャンクですが、「風邪を引く」と一つの塊となると1チャンクになります。
他の人の言葉を聞いているときに、短期記憶に保持できるチャンク数には限界があります。ですが、処理できるチャンク、つまり、「1つの情報の塊」が大きければ、それだけ多くの情報を保持することができるわけです。このように考えると、「コーヒーを飲む」「ご飯を食べる」など頻度の高い共起語と一緒に教えた方が良いということにも合点がいくかと思います。
次に、長期記憶についてですが、その記憶の性質から、大きく2つに分類されます。一つは、言葉で説明できる記憶、宣言的記憶です。例えば、昨日何をしたかというエピソードの記憶や、言葉の意味の記憶などです。もう一つは、言葉で説明できない記憶、手続き的記憶です。例えば、自転車の乗り方や、スキップなど、体の動かし方や体重移動などを言葉で説明するのは難しいかと思います。俗にいう体で覚える記憶です。
言語で考えてみますと、単語の意味は宣言的記憶ですが、母語で話す時の文法処理は手続き的記憶になります。無意識に行う記憶です。自転車に乗れても自転車の乗り方を説明できないように、母語の文法処理ができてもそれを説明できるとは限りません。
また、逆も然りで、仮に自転車の乗り方の説明を聞いたとしても乗れるようにはならないように、文法的な説明を聞いただけでは自動的な文法処理ができるようにはならないわけです。
②言語の発達

次に頭の中の情報処理という観点から、言語の発達について考えてみましょう。
まず、頭の中で意識的に行う情報処理についてですが、たとえば暗算を想像してください。計算途中で繰り上がった数字を一時的に保持しながら、次の桁の計算をしますよね。この時の処理と保持に用いるメモリをワーキングメモリと言います。計算する数字の桁数が増えたり、繰り上がりの数が多くなったりすると、多くの人が暗算ではできなくなってしまいます。私たちが頭の中で意識的に処理できる情報量には限界があるからです。数字も計算方法もわかっていても、ワーキングメモリの処理容量を超えてしまうと、処理できなくなってしまうのです。
不慣れな外国語で話す場合もこれと同じです。単語と文法規則を知っていても、話す内容を考えながら、それを表現するのに必要な単語を思い出し、文法規則にしたがって単語を並べ、活用させたりして文を作っていくのには限界があります。
長期記憶のところで、文法処理は自転車に乗るのと同じ、手続き的記憶であるというお話をしました。自転車に上手に乗れるようになるためにはどうしたらいいでしょうか。実践あるのみ、ですよね。上手に話せるようになるためにも実践あるのみなのです。意識をせずに処理ができる、つまり自動的に処理ができるようにならなければ、自由自在に話せるようにはなりません。
第二言語習得理論のProcessability Theory (Pienemann 1998)でも、言語の発達とは自動的な言語処理の発達であるとしています。そして、語の処理ができなければ句の処理はできないし、句の処理ができなければ文の処理もできない。文の処理ができなければ複文処理もできない。必然的に言語は小さな単位から次第に自動化が進むとされています。
文法積み上げ式のやり方は小さな単位から徐々に大きな単位、複雑な構文へと積み上げていくようになっていますので、言語処理の発達に即した無理のないやりかたと言えるかと思います。また、課題遂行(Can-do)の形で学習目標が設定されている教科書においても同じような順序で文法項目が並んでいることが多いのも、学習者の言語レベルで処理可能なものを考慮しているからだと思われます。学習者が処理可能なもの、つまり発話できるもので考えれば、同じような順番になるのは自然なことなのです。
言語習得もスポーツと同じ、実践あるのみです。意識をせずに処理ができる、つまり自動的に処理ができるようにならなければ、自由自在に話せるようにはなりません。そして、「自動的に処理し、上手に話す」ことを目指すなら、文法説明を長々と聞くより、話す練習のほうが大事です。
場面設定、「意味のある文脈」が必要なのはなぜ?
ここでは、なぜ文法だけを取り出して教えても効果がないのか、場面設定や「意味のある文脈」がなぜ必要なのか、①思考の発達、②学んだことを思い出す、の2つの面から考えたいと思います。
①思考の発達

ことばは私たちの思考が現れたものです。思考がなければ、言葉は出てきません。そこで、目標言語での思考の発達について少し考えてみましょう。
成人学習者の場合、母語で既に思考の発達が済んでおり、母語では複雑な思考ができるのでは? と思われるかと思います。確かに母語で話す場合には複雑な思考もできるでしょうが、慣れない外国語で話す場合には同じようにはいきません。
また、同じできごとでも、言語によって、どのように言語化するかは異なります。たとえば、日本語では、受身や授受表現、「~てくる」などの表現を多く用いて、「私」などの自称詞はあまり使われません。学習者の場合、最初は母語で考え、それを日本語に訳していますが、自然な日本語を話せるようになるためには、目標言語である日本語の思考のパターンを身につけ、言語化できるようにしていく必要があります(池上・守屋(編)2009 参照)。
言語を習得するということは、その言語でのモノの見方や思考のパターンも同時に習得する、ということになります。母語習得の場合には、言語の習得と思考のパターンを同時に習得していくわけですが、第二言語習得、日本語学習者の場合には、既に母語での思考のパターンができあがっているので、母語の思考のパターンを活用しつつ、母語と日本語とで異なるところは、日本語の思考のパターンを習得できるようにする必要があるのです。
このような目標言語の思考のパターンの習得を考えたときに、文脈や発話場面のイメージできない文型積み上げ式の授業で、果たして、習得が進むでしょうか。目標言語の母語話者がどのように会話を行うのか、会話の流れの中に身を置き、その中でことばと共に、日本語の思考のパターンも一緒に身につけていくことが必要なのです。
②学んだことを思い出す

ここでは、学んだ言葉を思い出すのにも、言葉を理解する際にも文脈や発話場面のイメージが大きな役割を果たすということについて確認したいと思います。
まず、覚えやすい物、つまり、記憶に残りやすいものは具体的にイメージしやすいものです。例えば、一般的に、数字や記号といった、イメージしにくいものは覚えづらいです。また、頑張って覚えることができたとして、言葉が思い出せない、出てこないって経験、ありますよね。人の名前とか、ありませんか。3時間後とか、ずいぶん時間が経ってから思い出して、あ~と思ったことありませんか。言葉を学習する上で、言葉を覚えることも大事ですが、必要な時に必要な言葉が思い出せなければ意味がありません。
私たちがモノを覚える時、単に覚える対象のみだけが記憶に残るのではなく、周りの状況も一緒に覚えます。例えば、私は「サバンナ」と聞くと社会の教科書にあったキリンの写真を思い出すのですが、みなさんは似たような経験はありませんか。他にも、久しぶりに訪れた場所で、すっかり忘れて、今まで思い出すことのなかった、その場所でのできごとをふと思い出す、という経験をしたことはありませんか。
単語を覚える記憶の実験でも、単語を覚えた場所のほうが全然違う場所よりも単語の再生率が高いということが報告されています。私たちは似たような状況になると、それと関連することがらを思い出しやすくなります。日本語の授業も、学習者が遭遇しそうな場面設定で日本語の会話を練習しておけば、その時に必要な言葉が思い出しやすくなるのです。
Can-doを示す効果

みなさんは、プレゼントをもらって、「これ、使わないなぁ」と思ったことありませんか。そして、そのまま、いつのまにかどこかに……という経験はありませんか。一方で、「あっ、これ、〇〇に使える」と価値を見出し、よく使っているものもあるかと思います。このようにモノに対して見出す価値のことを、心理学の用語でアフォーダンスと言います。
学習者も与えられるものを全て取り入れようとする、受動的なインプットの受信者ではありません。アフォーダンスを感じなければ、それを覚えよう、使えるように練習しようという気持ちにはなりません。
私は『できる日本語』と言う教科書を使って日本語を教えているのですが、この教科書の良いところは場面設定がされていて、その中で言葉や表現を学べるようになっているところです。教科書の中に、レストランにカーディガンを忘れてしまって、電話でお店に問い合わせるという会話があります。たまたま、その課をやった2週間後ぐらいに、クラスの学生がカラオケ店にサングラスを忘れて電話で問い合わせたらしいのですが、この教科書で練習した会話が役に立ったと言っていました。
授業で学んだ設定場面がよくありそうな場面なので記憶に残っていて、それが自分の実際に置かれた状況とリンクすることによって、練習した言葉が出てきたのだと思います。そして、この授業で学んだことが役に立った、うまくできたという成功体験が、次の授業への動機づけにもつながると思います。
まとめ 「話せる」ようになるために
これまで解説したように、目標言語で自由に話せるようになるためには、処理の自動化が必要です。言葉の学習は、他の科目と違って、単に知識を増やせばいいというものではありません。スポーツと同じように、たくさん使って、体で覚えていかなければなりません。そして、その自動化は小さい単位から徐々に進んでいくので、その意味で文法積み上げ式の考え方には一理あります。
ですが、記憶に残しやすくする、思い出しやすくするためには、場面設定がされた文脈、会話の流れと一緒に学ぶことが必要です。学んだ言葉を記憶に残しやすくするためには、学習者がイメージしやすい場面設定や文脈で学んだほうが記憶に残りやすくなりますし、学習者が遭遇しそうな場面設定、文脈、会話の流れで学んでおけば、その状況が手がかりとなり、練習した言葉を思い出しやすくなります。特に日本語の思考のパターンの習得は、場面や文脈から切り離された言葉からの習得は難しいと思います。
最後に、学習者が自分の学びに主体的に取り組めるようにするためには授業で何ができるようになるのか、それを示すことが必要です。それをわかりやすく示せるのがCan-doだと思います。
これらを頭の片隅において、「話せる」ための文法指導、授業を考えてもらえたらと思います。
参考文献
Miller, G. A. (1956) The magical number seven, plus or minus two: Some limits on our capacity for processing information, Psychological Review, 63, 81-97.
Pienemann, M. (1998). Language processing and second language development: Processability theory. Amsterdam: John Benjamins.
池上嘉彦・守屋三千代(編・著)『自然な日本語を教えるために:認知言語学をふまえて』ひつじ書房
大石晴美(2006)『脳科学からの第二言語習得論』昭文堂
峯 布由紀
上智大学言語教育研究センター/大学院言語科学研究科教授。留学生向けの「日本語」の科目のほか、日本語教育文法や日本語教授法の科目を担当。専門は第二言語習得研究。学習者の日本語の構造的な発達について研究を行う。著書に「第二言語としての日本語の発達過程-言語と思考のProcessability」(単著 ココ出版)、「認知的アプローチから見た第二言語習得-日本語の文法習得と教室指導の効果」(共著 くろしお出版)など。
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