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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

特別な行事ではなく、毎日の授業が楽しい―『できる日本語』採用校インタビュー(日立さくら日本語学校)

「日本語教育の参照枠」の考え方を具現化できる教科書、『できる日本語』。全国で使っている学校が増えてきています。ではどのように導入したのか、迷ったりしたことは何か、導入後の様子はどうなのか? このシリーズでは『できる日本語』について知りたいと思っている方に向けて、使っている学校の先生方に学校の様子、どんな思いを持って導入したのかなど、「ホントのところ」を伺っていきます。今回お話を伺ったのは茨城県にある、日立さくら日本語学校の4人の先生方です。

一度使ってみたものの……

――本日は4名の先生方にインタビューさせていただきます。よろしくお願いします。まずは校長の松浦先生に、『できる日本語』を採用するまでの経緯を教えていただきたいのですが。

前の学校にいたときですが、2011年に『できる日本語』の赤い本(初級)が出たときに、コンセプトに共感してぜひ使いたいなと思って、使ってみたことがありました。著者の学校であるイーストウエスト日本語学校に授業見学にも行かせてもらって準備して使い始めたのですが、結論を言うとこのときは失敗しました。学生に問いかけても何も出てこないんです。振り返ると自分の質問力が足りなかったと思います。まだ副教材の『できる日本語 わたしの文法ノート』(凡人社)などもない時期でしたし、語彙訳も出ていない時期だったということもあって自分にとってちょっとハードルが高かったですね。

その後は文法積み上げ式のテキストを使い続けていて、今いる日立さくら日本語学校でもしばらくは使っていませんでした。でもイーストウエスト日本語学校で見学させてもらったとき、先生から「今までは今日何を勉強した? って学生に聞くと『テ形』『タ形』という返事だったのが、『できる日本語』になってからは「友達を誘います」「友達と一緒に出かけます」と返ってくるようになったんですよ」とお聞きしたのがずっと印象に残っていました。

今日はなんの勉強をしたの? という問いかけに学生は

――その後、使うようになったきっかけは何でしたか?

コロナ禍が明けたころ、学生が五月雨式に入国してくるようになりました。入学時期がずれているのでレベル感がバラバラの中、初級のうちははなんとか授業を行っていましたが、初中級をどうしようっていうタイミングがあったんですよ。それで『できる日本語』の初中級が候補になりました。

『できる日本語』の初中級は、そのとき使っていた初級の教科書の後半とも学ぶ項目がかぶっていたので、復習しつつできるし、これまでの教科書とは別の「運用力などをつける」という目的もあるので、同じ項目を学ぶのを学生にも納得してもらいやすく、モチベーション下がらずにやっていけるというのがありました。

そのように、学習項目が重なっているところがメリットではあったんですが、やはり留学期間は有限なので、重なりがあるのはもったいないということと、カリキュラムの統一性も重視して、今年からは初級も採用して同じ教科書で統一していったほうがいいということになりました。

カリキュラムや評価については試行錯誤している段階の移行期ではありますが、先生たちが、教科書を変えるって言ったときも「ええ~!」みたいな感じではなく、本当に皆さん、前向きに楽しみながらやってくれているのはありがたいなと思っています。

そして初中級から使い始めてしばらく経った今は、学生に「今日はなんの勉強をしたの」と声をかけると、「今日はレストランのメニュー」とか「友達を誘います」など、具体的な答えが返ってくるようになったのを「あの時、イーストウエストの先生から聞いたあれだわ」と、うれしい気持ちで聞いています。

プレッシャーがありつつも、授業を楽しめるように

――ではここからは、他の先生方も含めて聞かせてください。初中級から導入を始めたということでしたが、当時、戸惑いなどはありましたか?

授業を進めるスピード感が結構、難しいと思いました。先ほどの話にあったように初中級から使い始めて、初めは学習項目がかぶっていたこともあって運用力をつけることを中心にスピード感をもって進めようとしたのですが、「知っているはずなのにできない」ということもよくあって、途中からはゆっくりめにしたりして。推奨されている学習期間は初中級の場合、3.5カ月ぐらいですよね。でもそれだと全然終わらないです。

――学習期間は学校ごとに調整が必要なところですね。

それと、『できる日本語』は場面設定がかっちりしているし、別冊でもそれは一貫しているんですけど、同じ場面で、学生の役に立ちそうな例文や語彙を自分がどこまで広げていいのかということで悩むこともあります。これまではできるだけ例文などはバリエーションを豊富にという意識がありましたが、この教科書では「この文脈で使う」ということを徹底しているようなので、自分の考えでどこまで逸脱していいのか……。

あとは、課の最後の「できる!」は終わると達成感があって学生もよくやったなって感心することも多いんですけど、人を招いたけどうまくいくかとか、例えばこの辺りには防災館がないのでどうするか、など地方ならではのいろいろ工夫するべきことがあるので、そこにプレッシャーを感じることもあります。でも、工夫が必要な分、同じクラスを担当する先生とのやり取りが増えたんです。みんなで相談しながら進められるので、プレッシャーも楽しめるようになってきました。

導入してから授業の準備時間は減ったんです。今までは文型を教えるための例文探しが主要な準備でしたが、それがなくなりました。そしてゴールを考えて「できる!」を意識して準備するようになりました。でも余裕がないとどうやって文型を教えるかということに集中してしまって、忘れてた~と(笑)。

戸惑いもありますが、授業では自然と自分の住んでいる地域のことや自分の国の紹介をする機会があり、グループワークも頻繁にやるので、多文化理解が進んで、学生同士の仲はすごくよくなっています。卒業式のときには今までだと学生たちが、先生ありがとうございます、とプレゼントを持って来てくれるのが個人個人だったんですけど、今年はクラスごとだったんです。そういうことからもクラスの仲がよくなってまとまっているという実感があります。

発表する機会もたくさんあって、場数を踏んで鍛えられるので、学生も自信がついているようです。ある学生は、半年前に来た当初は前に出てくるのが苦手で、自信がなさそうだったんですが、もう今は一人で20人ぐらいの前に出てすごく楽しそうに堂々と発表していてびっくりしました。

動画を作って発表する、みんなの前でスピーチするなど、一人一人に活躍の場が与えられ、いろいろな国の友達との授業がとても楽しいようです。個人面談の際に日本語学校で楽しかったことを聞くと、特別な行事ではなく「毎日の授業」と答える学生が多いんですよ。

成果物はPadletで共有

――それはいいですね。何か、グループワークなどでの成果物を見せてもらってもいいですか?

うちでは、Padletに成果物を上げているんです。自動的にポートフォリオになりますしね。例えばこれなんかすごいですよ、道案内の動画。2分30秒なんですけど、カメラの切り替えとかもあって、アングルなんかも工夫して。ストーリーやセリフを自分たちで考えるんです。これは「友達と神社に行く約束をしたけど、一人が道を間違えてなかなか会えず、電話をする」という内容になっていて、4人で撮っています。

――通行人の配役もあって、しっかり演技もしていてすごいですね! 

初中級5課の「大変な一日」も自分たちで大変な一日を考えて動画を撮るんですけど、面白いですよ! ペーパーテストだとなかなかいい点が取れないけれど、動画作成で素晴らしいパフォーマンスをする学生もいますね。

マップ機能を使って、おすすめの場所をコメントで入れて紹介し、自分たちの地図を作ったりもしています。

他にはチームごとに、全然知らない町のことを調べて旅行プランを作ったり。「場所は長野にしよう、ホテルはアパホテルだとちょっと高いかな? どうしようか」と相談して、交通チケット、施設の入場料、お土産は「おやき」にしようかとかを自分たちで調べて、それをまとめて完成したものを見ると、表現がたくさん出てきていてアウトプットが大量にできています。

――成果物を見ると、スライドできれいにまとまっていて、パワーポイントを使いこなしているようですね。

あまり難しくないので、学生もだんだん慣れてくるようですよ。他にも「将来の夢」というテーマのスピーチや、作文なんかもたくさんあります。そうやってあがったものに対しては、宿題で必ずコメントを入れましょうということになっています。

「ルール」がテーマのときには、地域の日本人を招いたのですが、その方たちは「やさしい日本語」を学んだあとで、学生は敬語を学んだあとで、双方にとって学んだことが使えるいいタイミングでビジターセッションができました。最終的に寮のルールを書いて、それをラミネート加工したらすっかりポスターっぽくなって、寮の部屋に貼って新入生に教えてあげるのに使えるねってなったり。楽しいですよね。

教科書を通して住んでいる地域と関わる

――それは日本人と学生、お互いに学びがあっていいですね! こちらの学校は地域との連携も大事にしているとお聞きしたのですが。

やっぱり学生は「社会的な存在」なので、学校の中だけではなく外ともつなげていかなくてはということがあります。外で知っていただくことで地域の方たちの、学生たちへの理解が深まりますから。この教科書がきっかけで、地域の人を招いたり、学生が外に出て行ったりできて、参加した日本人の方からもすごくいいコメントをいただいて、「ここに頑張っている人たちがいるんだ」と知ってもらう機会を作ることができています。

学生側からしても、例えば「ゴミはちゃんと捨ててください」と言われても適当になってしまうかもしれないところを、そうじゃなくて「近くにビジターセッションに来てくれた〇〇さんが住んでるかもしれないからちゃんと捨てよう」と考えるようになることは、自分は地域のコミュニティの一員なんだと意識することにつながると思います。それはひいては日本で外国人が住みやすい環境を作ることにつながる。だから地域との連携はすごく大事で、学校がそのチャンスをつくっていかなきゃいけない、というふうに思います。

『できる日本語』では「自分のお気に入りの場所を紹介しよう」という活動も結構出てくるんですね。これまで学生たちの日立の印象は「静かで何もないところです」っていうものだったが、この1年ぐらいの卒業生は「日立は静かだけど、いいところです、私は好きです」って言う人が増えました。授業の中で自分の住んでいるところを知るということが組み込まれているので、否が応でも自発的に探しに行って見つけてくることが増えているんですね。地域を知り、地域の人と知り合える活動が、授業を通して自然にできるのがいいな、と思っています。

毎年、地域の「国際文化祭り」に参加していますが、それを「できる!」の活動に組み込んでいて、うまくスケジュールがお祭りと合っていないときは、あえてその時に「できる!」をやらないで、祭りのときまで取っておくみたいなやり方もしています。

もともと社会とつながれる、対話力、コミュニケーション能力を養うことができるこのシリーズのコンセプトに共感して、このコンセプトなら使ってみたいなと思って、それで始まったけど一度挫折して。今、みんなの力でやっていっていると感じています。日本語教育の参照枠などの流れもあってやっぱりずっと同じではやっていけないという時期でもあり、新しい教科書で自分も学びながらっていうのは、新しい気付きもあって楽しみがありますね。

――今日は本当にたくさんのお話を聞かせていただきありがとうございました。地域との連携の話もそうですし、成果物を見せていただいているとき、先生方が学生について生き生きと話される様子が印象に残りました。