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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

日本語教師プロファイル沼本恭子さん―学習者の生活が少しでもゴキゲンなものになるお手伝いを

2025年最初の「日本語教師プロファイル」ではフリーランス日本語教師として活躍する沼本恭子さんにお話を伺いました。会社員として働いたのちのセカンドキャリアとして日本語教師を選んだこと、ワークライフバランスも考えた働き方等、これから日本語教師を目指す方にも参考になることがたくさんあるのではないでしょうか。

日本語教をめざすきっかけとなった三つの経験

――以前は株式会社リクルートにお勤めだったということですが、日本語教師になったきっかけは何でしょうか。

今考えるときっかけと言えるものが三つあります。

まず一つ目ですが、父の仕事の関係で子どもの頃は日本と海外を行ったり来たりしていました。高校生の時、アメリカに行ったのですが、そこで英語が全然できなくて。文化に適応することも大変でした。私が話せないと分かると相手もストーンとシャッターをおろしてしまい、私の存在が周りにとって、あってもなくてもどっちでもいいという感じでした。友達が欲しい年ごろだったので、とてもきつくて、体調も崩してしまいました。その後、大学入学で日本に帰ってきた時、今度は言語の壁はないはずなんだけど、なんだか周りから浮いてしまって、そこでも馴染むのに苦労しました。異なる文化に適応するのって大変なのねとその時に感じたことが大きいです。

二つ目はリクルートにいた時のことです。それまで営業、企画、人事などの仕事をしてきましたが社員の英語力を向上させようというプロジェクトの担当になりました。アルクさんと一緒にお仕事したのですが、その時、社員の英語力が本当に伸びたんです。プログラムが良かったのだと思いますが、それまで自分の目標やその達成についてだけ考えていたのが、初めて自分が伴走することによって誰かの結果がよくなるということを経験し、それが本当に楽しいと思いました。

その後結婚し、年齢的なタイムリミットもあるため出産にフォーカスしようとリクルートは退職しました。リクルートは自分が好きなことを見つけて独立する人が多いのですが、その時はまだ自分がやりたいことは見つかっていませんでした。

三つ目はオーストラリア人のママ友ができたことです。退職をして出産しましたが、子どもを産んだ後って結構孤独なんだということに気づきました。そんな時、近所のお祭りにいったら、同じぐらいの子どもを連れた外国人の女性がいて、英語で声をかけてみたんです。そうしたらうちに遊びに来てと誘われました。彼女は私よりもっと孤独だったと思います。遊びに行くと、お祝いだからと彼女がバルコニーでシャンパンを開けてくれて。彼女に、これは日本では失礼になる? というようなことをいろいろ聞かれました。文化に適応することの難しさという自分の昔の記憶がよみがえって、何かやりたいと思い、彼女に日本語を教えることになりました。

前職のご縁から繋がりができて

――実際に教え始めて、どうでしたか。

彼女に日本語を教え始めたら、これは面白いなと思いました。そこからいろいろ調べて日本語教育能力検定試験というものがあることを知り、アルクのNAFL日本語教師養成プログラムに申し込んで勉強を始めました。子育てをしながら勉強していましたが、文法一つとっても全く意識していないことにこんな背景があるんだとか、もともと大学で言語学を学んでいたので言語が好きなんだと思いますが、好きなものに対して知らなかったことをインプットできるって楽しい! とワクワクする気持ちでした。

子どもが幼稚園ぐらいの時に日本語教育能力検定試験に合格したので、本格的に日本語教師のほうに行きたいと思いました。

――独学で勉強されていたのだと、なかなか情報が入りにくかったのではないかと思うのですが。

はい。その通りです。全然情報がありませんでした。ただ元リクルートの先輩に留学生の就職支援のサポートをしている企業の顧問の方がいらっしゃって。その方にアプローチし、その企業の方を紹介してもらいました。その方と日本語教育研究所の長崎清美さんがお知り合いで、長崎先生から企業研修、個人の研修、更に専門学校も紹介していただきました。

それで現在は、企業研修でビジネスマナー、ビジネス日本語を教えたり、専門学校でプレゼンテーションについて教えたり、オンラインレッスンのプラットフォームにも登録してオンラインでの授業も行っています。

ビジネス日本語で大切なのは、まず信頼関係を築くこと

――実際にビジネスパーソンに教え始めて、気を付けていることはありますか。

「郷に入れば郷に従え」という言葉はあるんですが、「日本はこうです! だからこうやってください!」というのは、私はなんか気持ち悪いなと感じていました。例えば日本の名刺交換はこうです、だから型としてあなたもやって! というのはちょっと……。私自身がそんなふうに言われたら嫌だなと。共有のしかたとしては「こうなんだよ。なぜかというとこういう背景があるんだよ」と背景を説明し、最終的に自分がどうコミュニケーションを取るかは、自分で決めてもらうことを大切にしたいと思っています。

言語を学ぶっていうのは最終的なゴールとしては誰かと信頼関係を築いて仲良くなっていくことだと思っています。ビジネスマナーも、もちろん大事なんだけど、それは手段でしかないので、信頼関係を築くにはやっぱり口頭能力をあげることだと思いました。

で、学習者の口頭能力をあげたいと考えた時、私には知見が全然足りないと思いました。私はいつも課題解決のための三角形を考えます。現状があって目標があって、それをどう解決するかという。口頭能力をあげるという目標を達成するためには学習者の現在の能力を正確に把握することが必要ですが、その時の私にはそれができていませんでした。それでACTFLのOPIというものがあることを知り、勉強を始めました。初めは本を買って独学で。そして一昨年、ワークショップに参加し、テスターの資格を取りました。

子どもとの時間を大切にしつつ仕事を

――今、お子さんがいらっしゃると思うのですが、どのような働き方でしょうか。

年をとってから生まれた子供なので人生のご褒美じゃないけど子どもとの時間は大切にしたいと思っています。なので、今、子どもは小学3年生なのですが、学校から帰ってくる3時以降は仕事を入れないようにしています。あとは子どもが夜寝た後にオンラインレッスンをしています。

以前、息子が幼稚園の頃、私自身は日本語教育能力検定試験に合格して日本語を教え始めた頃ですが、レッスン以外の時間も授業の準備をしたりやらなければいけないことが増えました。まだ始めたばかりだったのでいろいろ詰め込んでしまって、ちょっとしたことで息子にイライラしたことがあったんですね。「ママはお仕事だから、後にして」とか。それでまずいなと思いました。そこのバランスというか優先順位は考えるようにしています。またそれができる仕事だということも有難いです。

――家事を終え、お子さんが寝た後のレッスンって大変じゃありませんか。

専門学校の先生にもそう言われたことがありますね。レッスンがない夜はテレビを見てだらだらしていることもあって、それはそれでいいんだけれど、レッスンをしていたほうが楽しいなと思っちゃって。あまり苦にならないんです。仕事をしているのか遊んでいるのかわからない感じなので。

――授業の準備が大変でとおっしゃる方も多いですが。

そうですね。確かに時間はかかりますね。でもある程度繰り返していくと自分の知見が少しずつ溜まっていくので時間がかからなくなってきます。それに新しい知見を自分の中に入れて、レッスンでやってみて、失敗したり成功したりすることを回していくのが凄く楽しいんです。

高校時代の自分に罪滅ぼしの気持ちで

――子ども時代の海外経験は今に活かされていると思いますか。

はい、それがなければ大学で言語学も取っていなかったし、興味を持って日本語教師にもなっていなかったと思います。高校時代に自分が異文化になじめなくて弱っていた。日本語教師になる勉強をして、異文化適応のUカーブやWカーブを知りましたが、高校時代にそういうことを知っている大人と話せていたら、あの時はもう少し楽になっていただろうと思います。それを全く知らないまま体調を壊すまでになった。今の仕事はあの時の自分に対する罪滅ぼしというか、自分にごめんねと言いたいのかもしれません。ですから日本に来た外国人に単に言葉だけでなくそういう部分でのサポートも考えています。

フリーランス日本語教師になるにあたって、自分は何をしていきたいかビジョンのようなものを考えたのですが、日本語を使って働く外国籍の方の生活が少しでも居心地の良いものに、ゴキゲンになるようなお手伝いがしたいと決めました。

言語って手段でしかないので、言語を学んでどうするか。周りの人と信頼関係を築いて、周りと馴染むことが最終的なゴールかと思います。私はその手段だけを教えるんじゃなくて、居心地がいい生活ができるお手伝いがしたいなと考えています。

学習者をゴキゲンにするためには自分もゴキゲンでいなければ

――これからやっていきたいことについて教えてください。

二つあります。

まずは学習者の現状のレベルを把握するためにOPIの資格を取りましたが、じゃあ、その後、このレベルまで行きたいと言った時に、どうすればそのレベルまで行けるのかの引き出しがまだ自分には圧倒的に足りないんです。このレベルにあげるにはこういう練習がいいんじゃないか、こういうことが効果的なんじゃないか。そういう部分の引き出しをとにかく増やしたいです。フリーランスでやっていて、なかなか他の先生方と共有することがないので、セミナーなどその引き出しを増やせるような機会には積極的に参加していきたいと思っています。

もう一つは学習者の生活がゴキゲンになるお手伝いをしたいと決めた中で、そうするためにはまず自分自身がゴキゲンでいなければダメだと思ったんです。ただ、やってみるとすごく難しいです。一番身近なのは家族ですが、育ってきた環境が違う夫もある意味異文化です。違いに対してイラっとするんじゃなくて、違いを面白がることが大切かと。(できてないけど)そこをちゃんと自分でやっていきたいです。

あと自分がゴキゲンでいること以前に健康な状態でいることは大切です。自分の体調を管理することは一丁目一番地だと思います。仕事と私生活のバランスをうまく取るようにしないといけないと思っています。実は昨年父が亡くなって、家族のサポートをするために少し仕事を減らしました。そういうことができる仕事であることも良かったです。会社員ではないので自分がこの時間をどうやって使いたいかをコントロールでき、状況によって少し調整をすることができます。また、自分が興味がある方向に制約なくどんどんいけるという点が楽しいですね。

――これから日本語教師を目指す人になにかアドバイスをお願いします。

私は知見も経験もあるわけではないので偉そうなことは本当に言えないんですけど、教え方って正解がなくて、たぶん人によって効果的な教え方が違うと思います。それを追究し続けられることに面白味があるのではないかと。私はこの仕事でその点が大好きです。

誰かに対して役に立てる可能性がある、いい仕事だと思います。

取材を終えて

沼本さんは昨年、大学でオーストラリアからの学生のサバイバル日本語レッスンを担当されたそうです。担当の方の話によると、授業が始まると一瞬で学生の心をつかんでしまい、みんなが集中して積極的に授業に参加する状況を作ったとのこと。人をゴキゲンにさせることを常に意識しているからこそ、それができたのかもしれませんね。

取材・執筆:仲山淳子

流通業界で働いた後、日本語教師となって約30年。8年前よりフリーランス教師として活動。