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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

授業の作り方2025-学習者の多様性とアンコンシャス・バイアス、マイクロ・アグレッション

前回は、漢字圏出身だと思っていたら、実はほとんど漢字がわからなかった学習者の話をしました。今回は、前半に多様化した学習者の話、後半にはそうした私たちの思い込みや無意識の言動による問題(アンコンシャス・バイアス、マイクロ・アグレッション)についてお話したいと思います。

さまざまな学習者

多様性と一言で言っても、どのように多様化しているかは実にさまざまです。たとえば国籍。学習者の出身がさまざまなのはもちろんですが、「お国はどちらですか」「どちらから来ましたか」という質問に簡単に答えられない学習者は今や少なくありません。「父は中国系のアメリカ人、母は中国人と日本人のハーフ(ダブル)で、家はオーストラリアにあって、家族はそこに住んでいますが、私はアメリカの大学から来ました」というように、複雑な背景を持った学習者もいます。そんな時は、学習者が言いたいことを聞いて、それに合った日本語を適宜(初級なら必要最低限)導入します。

LGBTQ+という言葉が浸透して来た通り、性のあり方もさまざまです。以前、再会したときに名前も性別も変わっていた学習者がいました。男女で分けられることに敏感な学習者もいます。自分の性の特徴について公言している学習者もいれば、それを隠して語りたがらない学習者もいます。それに配慮する場合、「男の人」「女の人」ということばを導入する際「あなたは男の人ですか」と学習者に直接聞くのではなく、キャラクターのイラスト等を例にして「〇〇は男の人ですか」などとすると、スムーズに導入ができます。

学習者の中には、さまざまな障がいを抱えた方もいます。身体的な障がいだけでなく、精神的な障がい、発達障がいなど、障がいの種類もさまざまです。これについても、自分にどのようなサポートが必要か明確に言語化できる学習者もいれば、そうでない学習者もいます。日本語学習中にはじめて自分の学習障がいに気づいたという学習者もいました。文字のフォントを統一してほしい、色の区別がつかないので色分けをしないでほしい、読むのに人一倍時間がかかるので試験時間を配慮してほしい……問題が明確なら必要に応じて適宜対応します。一見サポートが必要に見えても、特別視しないでほしいと考える学習者もいます。教師の思い込みで判断せず、どんなサポートが必要か、または必要ないのか、学習者に声をかけてみましょう。

他にも、宗教、思想、年齢、人種、民族……さまざまな属性の学習者たちが、1つの教室で勉強しています。日本語教室は多様性の宝庫ですね。

そんな現場は「みんな違って、みんないい(金子みすゞ)」はずなのですが、時に教師やクラスメートの固定観念や偏見によって、学習者を傷つけたり怒らせたりしてしまうことがあります。「偏見? 差別? あり得ない!」と思う方もいるかもしれません。やっかいなのは、それが無意識の場合。さらには、良かれと思って行った言動によって相手を傷つけている場合です。

アンコンシャス・バイアスとマイクロ・アグレッション

学習者からこんな声を聞くことがあります。

「私は全然お酒が飲めません。でも、『私は〇〇人』というとビール好きだと思われます……」

「私の顔を見ると、日本人はみんな“I can’t speak English!”と言います。私は日本語で話したいのに。」

この〇〇に同じ国名を思い浮かべた人も多いのはないでしょうか。見た目がいわゆる外国風の人に対して英語を話さなければと思ってしまうというのもよくある話です。「××人だからきっとこうだろう」「××と言えば~に決まっている」といったさまざまな属性に対する先入観、「〇〇はこうあるもの」「××はこうあるべき」といった根拠のない偏った考え方をアンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み・先入観)と言います。その思い込みが、自らの言動に影響を与えている場合があるのです。

バイアスは国籍に限った話ではありません。たとえば、これは筆者が新人の頃の苦い思い出です。ある学習者がこんな作文を書いてきました。

しゅうまつ、わたしはかれとこうえんでデートしました。とてもたのしかったです。…

「彼」「彼女」という言葉を勉強したばかりのことでした。その学習者が男性だったので、筆者は迷わず「かれ」を赤ペンで「かのじょ」に直し、返却時には「彼」と「彼女」の違いを力説してしまいました。その学習者に大切なボーイフレンドがいることを知ったのは、彼が学校を修了してからのことでした。つまり、学習者の作文は「かれ」で間違っていなかったのです。「デート=男女」という筆者の思い込みで、楽しい思い出に水を差してしまいました。「かれ」に赤ペンでバツをつける前に、「ボーイフレンドと公園へ行きましたか?」とひとこと確認すればよかったなぁと思います。

このように、先入観や思い込みが言動に現れ、傷つけるつもりはなくても相手を傷つけてしまうことがあります。アンコンシャス・バイアスは無意識なものですが、無意識かどうか関わらず、「良かれと思って」行った言動でさえも相手を傷つけてしまうこれらの言動をマイクロ・アグレッション(小さな攻撃性)と言います*1。「日本語上手ですね」「肌の色が白くてきれいですね」褒めているつもりのこれらの言葉も、(日本語が話せなさそうな外見なのに)(私たちと違った肌の色をしている)というマイクロ・アグレッションととられかねません。

ここまでくると、「褒め言葉もダメだと言われたら何も発言できなくなる!」という声が聞こえてきそうです。多様性の宝庫である日本語教室。私たちはどのように対処していけばよいのでしょうか。次の3つの対処法が、ヒントになりそうです。

「決めつける」前に……

対処法1)気づこうとする

対処法2)決めつけない

対処法3)対話を大切に

出典:一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所ホームページ*2(閲覧日:2025年10月5日)

「気づこうとする」ーー日ごろから多様性にまつわるニュースにアンテナを張りつつ、モヤモヤしている学習者の表情や態度等から発せられる「サイン」にも敏感でありたいものです。授業中突然学習者の顔が曇った、急に落ち着きがなくなった、答えにくそうにしている、クラスメートに目で合図を送っている……そんな小さな「サイン」が学習者から出ていないでしょうか。誰かの言動によって傷ついたとしても、誰もがその気持ちを率直に訴えられるわけではありません。日本語がわからない学習者ならなおさらのことです。

「決めつけない」ーー学習者が無言で送った「サイン」も「どうせ私の授業がつまらないんだろう」などと決めつけてしまったとしたら、解決するどころか溝は深まるばかりです。「普通は~というものだ」「〇〇さんのことだから××に決まっている」「どうせ~だろう」……そんな言葉で、知らず知らずに決めつけていることはないか、自分の言動を振り返ってみましょう。振り返りの方法については拙著でいくつかご紹介しています*3

「対話を大切に」ーー学習者からの「サイン」に気づいたら、放っておかずに声をかけてみましょう。もし火種が教師自身にあったなら、謝ってその場で対応します。それ以外の場合、学習者が誰から、何を聞き、どう傷つき、それに対してどんな発信をしたいのか耳を傾けます。学習者の気持ちを汲んで、適した日本語を一緒に考えましょう。

学習者が多様化している現状を知り、それに対して自分が知らず知らずに決めつけていることはないか振り返る。「外からの情報」と「自らの内省」で、あらゆる可能性を日ごろから意識してみましょう。無意識を意識化することは難しいものです。ただ、全くの無頓着なのか、気づこうと努力しているかは相手に伝わりますし、気づけたら問題解決へ向かうことができます。

次に学習者が同じ問題に直面したときに備え、相手と円満に対話ができるようにサポートできるのは、私たちです。

執筆:望月雅美

さまざまな日本語教育機関でこれまで8~88歳の日本語クラスを担当。現在、埼玉大学日本語教育センター非常勤講師兼諸々。著書に『日本語教師の7つ道具シリーズ1授業の作り方Q&A78編』(大森雅美名義、共著)『どう教える?日本語教育「読解・会話・作文・聴解」の授業』(共にアルク)などがある。音楽と笑いと自然を愛する3児の母。

*1: 参考資料 神内聡監修(2025)『スクールハラスメント』さ・え・ら書房

*2:「アンコンシャスバイアス」については、一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所認定トレーナー江藤真規先生のご講演(2023年11月23日於エアー・ビジネス・デパーチャー)を参照。

*3:『どう教える?日本語教育「読解・会話・作文・聴解」の授業』(アルク)p.15~19参照。